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 3月31日(金) カッパ@吉祥寺 やる気茶屋@吉祥寺 富士そば@吉祥寺
すっごい怒られたんすよ。何か知らない人に。
何か知らない天皇陛下にすっごい怒られたんすよね。

こう、怒られたら、いじけるわけじゃないですか。で、いじける時には、ウツボに巻かれたいじゃないですか。ウツボに巻かれながらいじけるってキャッチーだと思うんすよ。
ウツボに巻かれながら、口をとんがらかせて、いじけたいじゃないですか。そうすると、母性本能とかくすぐると思うんすよ。「まあ!この人ウツボに巻かれながらいじけてる!可愛い!」なんて言われると思うんすよ。

で、ウツボを獲りに海に行ったんですけど、いざ海に行くとやっぱウニっすね。ウニ。ウニ丼最高っすわ!人生最高!ていうか、人生変えちゃう夏かもしれない!

というようなテンションでヒョッコリ君とコンケノビとマユモーと飲みました。


 

〆は『富士そば』。冷やしとろろ大盛り。


 3月30日(木) 丸福@三鷹
「バックします」とか、しゃべるトラックってあるじゃないですか。

あのトラックが「ペガサスが飛びます」とか言ってるもんだから、そんなわけないだろ、とか思いつつ、ゲームセンターでモグラ叩きをしてたんですけれども。
まあ、モグラ叩きっていってもちょっとアレンジしてて、こう、穴から出てきたモグラにすかさずラー油をかけて「飲め!」って叫ぶやつなんですけれども。もう、モグラ叩きの台がこぼれたラー油でベットベトになっちゃってね。ゲームセンターの店員が「お前何やってんだ!」なんつって激怒しながらこちらに駆け寄ってきて、僕の頭にラー油をぶっかけましたからね。気がつけば、ゲームセンターがラー油まみれですよ。どっちかっていうと、ラー油センターですよ。でも、一方で、トラックは「ペガサスが飛びます」って言い続けててですね、ふと、空を見上げると、きれいな虹が出てまして。虹の上を何頭ものペガサスが駆け上がってゆくのが見える。虹の頂点から次々に天空へと跳び立つペガサスの様子がすごいきれいだった。すごいきれいだったけど、ラー油が辛かった。

そんなことを考えながら『丸福』でラーメンを食べました。


 3月29日(水) 珍珍亭@武蔵境
アライグマが飛ぶんですわ。





どうも、獣舎に入れられたアラグマは飛ぶ習性みたいなのがあるらしいんですが、家の近所の動物園にいるアライグマもよく飛びます。

こう、このジャンプに何かしらの擬音みたいなのをつけたらおもしろいかも、と思って動画を撮ってみました。ページ上の動画コーナーから見られます。

*****

『珍珍亭』。


 3月28日(火) 生郎@吉祥寺
ペロリスト(ペロペロするプロフェッショナル)のフラッシュを作りました。

マウスを乗せたり離したり、押したり、またもや離したりで色んなペロペロ(レロレロも)が鳴ります。派手なマウス操作をすればするほど盛り上ります。

さあ、これをやって、みんなもぺロかっこいい人間になってくれよな!

 3月27日(月) 丸福@三鷹
ものすごく前向きなくるみ餅でございます。


ちょっと釣られてる気がするのは邪推でしょうか。

*****

『丸福』で、ギュルリとしそうでギュルリとしない幸福の一杯。


*****

ちょっと前のネタ帳を見てたら「貯まったライターでドミノ動画」って書いてあった。これは面倒くさそう。

 3月26日(日)


クリックすると久しぶりにマユモーカウンセリングが流れます
 3月25日(土)
すっごい笑ったんですけど。

いつものようグダグダした休日を過ごしてて、今日も家から自転車で5分の動物園とかに行ってグダグダしてたんですけれども。

カラスが白いフワフワをついばんでるんですよ。

2羽のカラスが近くと遠くにいて、両方とも、こう、白いフワフワをくわえててですね。

カラスのいる場所が鹿のところなんですね、鹿のいるゾーン。
あの、このカラスがついばんでる白いフワフワは「鹿の尻尾の白いところ」なんですよ。

 
↑鹿の尻尾の白いところをついばむカラス

カラス、食いまくってますからね、鹿の尻尾の白いところ。
集中攻撃ですよ。「いまこそ鹿の尻尾の白いところ食わん!」みたいな。

いや、これ、鹿、迷惑じゃないですか。
変な黒い鳥が来て、自分の尻尾をむしって食ってるって。しかも、白いところ限定で。
なんだけれども、こう、鹿のリアクションが最高で。何かこう、仕方ないな、的な態度で。さすが鹿だ。鹿だけに、仕方ない、みたいな。まあ、言い方が最悪なんだけれども。


いや、この表情ですからね。
自分の尻尾の白いところ食われながら、この表情ですから。

僕の脳内はこんな感じで。



誰が誰にどうつっこめばいいのか困惑するシカない。鹿だけに。

アレですよ。
「鹿の尻尾の白いところをカラスが食う」っていう文章って普通に飛んでるんですけど、逆に、普通に事実なんですよ。で、こう、「鹿の尻尾の白いところをカラスが食う」みたいなフレーズを自分の曲で作詞したいんだけど、多分、写真で見るほど文章は強くないだろうな、っていうのが感じられるわけです。鹿の尻尾が白いっていう知識とか、普通はないか忘れてるし。いや、だって、こう、鹿の尻尾の白いところを現実にカラスが食ってるんだもん、鹿の尻尾の白いところを。カラス、白いところ以外は全く興味持ってないですから。白いところオンリーですからね。

もう、このバカっぽさに、心底、感心しちゃって。
大はしゃぎで写真撮ってる自分も含めて、すっごいバカで。

*****

「キミ色に染まって…」の感想メールとか送ってくださった皆様ありがとうございます。
普段、曲をアップしてもメールが一通も来ないのが普通なので、こういう反応があると結構うれしいです。
 3月24日(金) 支那そば あおば@武蔵境 わ@吉祥寺 ホープ軒@吉祥寺
ストリートファイターといえば、リュウの名言「俺より強いミジンコに会いにゆく(そして撫でる)」ってのが有名ですけれども、今日は机の上にたこ焼きを3つ並べ、それを信号機だと信じ込むという新しい試みを実践していました。すると、偶然、隣りでラーメン(カブトムシに牛肉をのせた食べ物)を食べていてた中年男性の背中に漆黒の翼が生え、筋肉があらぬ方向にグネグネと隆起し、灰色に淀む天空へと凄まじい速度で舞い上がり、灼熱の炎を吐き出し、いつしか、氾濫した河川から溢れ出すドス黒い濁流が街を飲み込み、逃げ惑う人々をあざ笑い、ついには死神どもを引きつれて世界を空前絶後の闇に陥れていました。しょうがないので、僕は世界地図を指差しながら「隊長!マヨネーズを発見しました!」と叫びました。本当はマヨネーズなんてどこにもなかったし、隊長と呼ぶべき人もいませんでしたが楽しかったです。その流れで、マユモーと『わ』に行き、その後でヒョッコリ君と飲みました。


ひとりで『ホープ軒』で〆ましたが、店に入るなり「半麺、かため、ニンニクですよね?」と、店の人に僕の注文を読まれ、思わず吹いた。


*****

『支那そば あおば』。とてもきれいな醤油ラーメン。


*****

ぽー塚愛の新曲を作りました。


クリックすると音が鳴るページに飛びますがクリックとは関係なく飛行機は飛びます

なっとう」(音が鳴ります)とまったく同じ路線ですが、決定的に違うのは声で、「なっとう」は早回しで、いくらか女声っぽくできたのですが、新しい録音機材にしてから声を早回にする方法がさっぱり分かりません。説明書を読んでも、意味の分からないことが書いてあるだけでさっぱり分かりません。何語でしょうか。人をバカにしています。

さっぱり意味のわからない説明書の様子↓

↑テンポ・マップってどんな地図だよ!どこに行ける地図だよ!

しょうがないので、そのまま歌いました。
早回しの方法が分かって、なおかつ、やる気があれば音を録り直そうと思います。
ポク夫のコーラス付きカラオケデータも同時にアップしたので歌ってくださいね。録音して送ってくださいね。だけど、半分に切断したツチノコなどは送らないでくださいね。

ぽー塚愛の2弾は以前からやりたいと思っていて、先日、TUTAYAで大塚愛のアルバムをレンタルしました。そのアルバムを参考にしようとしたのですが、「さくらんぼ」のイメージが強すぎてまったく参考になりませんでした。算数の勉強をする時に腐った大根を頭の上に乗っけても意味がないですが、そういう感じです。だけど、国語の勉強をする時に、部屋に水牛を招き入れるのは役に立つかもしれませんね。水牛の角って、何かの文字に見えますものね。
 3月23日(木) 春木屋@吉祥寺
僕も(予選敗退で)参加したオフ喜利のレポが公開されました。

僕は、いまだに大喜利恐怖症を克服できません。クモも怖いです。クモは昔から怖いですね。逆に、怖くないのは枕ですね。枕が怖いと思っている方には申し訳ないのですが、僕は枕を見ても全く怖いと思いません。

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ページ上の動画コーナーに「バカ動画」をアップしました。

動画解説

バカなことをやっている動画です。
バカなことが急にやりたくなったので撮りました。
意味を持ったことはやってませんが、
バカっぽいなあと思うことをやってます。


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『春木屋』。
ふと思ったんですけど、毎日ラーメン食べてるってことは、もしかして毎日ラーメン食べてるってこと?


 3月22日(水) 支那そばあおば@武蔵境 カッパ@吉祥寺
蜂の巣が目の前にあって、それはごく普通の蜂の巣なんですが、いきなりですよ。いきなり、蜂の巣の無数の穴から閃光がほとばしったのです。閃光は弧を描いて巣の上方に集中し、それが、大きな、まばゆい光の球になって、パアッ!と弾けた。破裂した光の球の中から出てきたのは徳川家康でした。彼は僕の顔を見るとバツが悪そうに向こうの方へ逃げていきました。そういう夢を見ましたね。嘘ですけど。そんな夢は一生見ないですけど。そこで、マユモーと『カッパ』に行きました。


*****

『支那そば あおば』の塩ラーメン。


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 3月21日(火) 恭楽亭@三鷹
空を抜けて宇宙を抜けた場所にある空間に到達するために、僕は機械を作ったのであります。

人類は宇宙に到達しましたが、宇宙の先に行ったことがないのです。
だから、僕が宇宙の先に行こうと思ったのです。機械を背負い、スイッチを入れると同時に僕は上昇しました。物理的には上昇しているのですが、他の人が見たら消えたと思うだろうと思います。それほど速い。機械のスイッチを入れた0.1秒後には宇宙に到達しました。
少しして宇宙の終わりが見えてきました。次の瞬間、僕は宇宙を抜けたのです。

どのような素晴らしい世界が広がっているのだろうか、と思っていた宇宙の先の世界は、寒くて暖かかった。そこには4匹の虎以外の虎がいて、3匹のライオン以外のライオンがいて、10人の何かがいました。10人の何かは僕の方に近づいてきて、それぞれが、小さな、球体の立方体を僕に手渡しました。
僕は、球体なのに立方体である物質を見たのは初めてだったので驚いたし、この世界では物理が超越的なのだなと思いました。
この世界は、白は黒かったし、液体は気体だったし、米はパンだったし、耳をつんざくほどの大きな音は静かだったし、そもそも存在しませんでした。

そもそも存在しなかったのです。

だから、僕は肉を食べました。


 3月20日(月) 丸福@三鷹 大網@吉祥寺
ギュルリ。

ギュルリというのは、僕の飲み仲間内で使用している用語で、ラーメンの旨みを表します。具体的に、ギュルリという旨みというのは、出汁がグッと味蕾をとらえるような、猛襲を極めるかのごとき力強い印象を伴う妙味を指すのですが、典型的なのは旭川ラーメンの醤油味に多く、特に、『天金』という店のラーメンのギュルリっぷりは天下一品でありまして、実にこれが、僕が最も好きな醤油ラーメンです。


この前の正月に食べた『天金』の醤油ラーメン

東京のラーメンは、ギュルリというような有無を言わせない波濤のごとき風味を押し出してくるラーメンは少なく、こう、インパクトというよりは、深みや広がりで食べさせるような、技巧的で繊細で優雅なタイプが多いように思いますが、これもまた非常に魅力的です。

僕の仲間内は、示し合わせたかのように、このギュルリの破壊力に撃砕されております。実際は別に示し合わせたわけではありません。マユモーは、醤油ラーメンにおいて、『天金』がいままで食べたラーメンの中で最も旨いと言いますし、コンケノビも旭川で食べた店には軒並み10点満点中9点台の評価をたたき出しますし、ヒョッコリ君のラーメンラーキングを見てみると、旭川の店が、なんてこったい!というほどに上位を占めています。ヒョッコリ君の場合、3泊4日で旭川に泊まりたいと発言するほど旭川ラーメンにやられている。何度も言いますが、示し合わせたわけじゃなくて、みんな勝手に旭川ラーメンが好きなだけです。とにかく旭川ラーメンはギュルリとした旨みに満ちあふれております。

今日も行ったのですが、僕が最近足繁く通う『丸福』という店のラーメンが、こう、ギュルリの一歩手前で旨みが止まるような、挑発的なラーメンでして。


これがとてももどかしいというか、狡猾というか、巧いというか。ギュルリとしそうなのに、すんでのところでギュルリとしない。もう一口スープをすするとギュルリとするかな?などと期待し、次々とスープをすするわけですが、ギュルリまでには至らない。もっと細かく言うと、ギュを経由しないでルリに至る、というような印象の風味です。ギュが重要なんですが。もう一歩のところでギュルリとしそうなんだけどしない。ああ!もう、あとちょっとでギュルリとしそうなのに!

この絶妙な間合いにとにかく首ったけなのであります。さて、さっきから、ギュルリギュルリ言いながら、僕は何を熱弁してるのか。長嶋か。

*****

吉祥寺のでかい料亭『大網』で夕食。

 3月19日(日) 無坊@新小金井
これは、なかなかはまりそうな。というより、はまった。これはバカだ。




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免許を更新してきました。

決まりきった短い距離なんだけれども、ほぼ毎日車を運転しているのですが、僕自身、車には全然興味がなく、どの車が何という名前の車なのかとか全然分からなく、僕が知っている車の情報といえば、巨大な黒い輪ゴムが4つ付いていて、それはとても丸いのに、話しかけても反応がない、というくらいしか知りませんし、ガソリンスタンドに行くたびに、僕の耳の中にガソリンを注がれるのではないかとビビッていますから、ガソリンスタンドに入るのは苦手です。鳥ってすごいなあ、と思うのは、鳥はガソリンを入れないのに飛ぶからですし、丸くないのに飛ぶからですし、飛ぶといえば坂上二郎ですよね。坂上二郎も飛ぶのですが、坂上二郎は体内にガソリンを入れていますから飛べるに決まってる。ところで、ガソリンというのは、有名な宇宙飛行士のことで、「地球は青かった」というセリフを残して、ってそれを言うなら、マーガリンじゃん!曲がりなりにもマーガリンじゃん!曲ーがりんなりにもマーガリンじゃん!って、マーガリンじゃないから!マーガリンである可能性はゼロだから!本当はガーリックだから!いや、ガーリックはもっとないから!えっと、こうね、お兄ちゃんが使い古した服をね、弟にね、ってそれはお下がりでしょうが!(ここで場内が完全に静まり返ります)

ということを叫びながら、小金井の『無坊』で担担麺を食べました。


 3月18日(土) 本笑家(ほんわかや)@阿佐ヶ谷
ソレヴィヌの超越性や神秘性について記述したいと思います。

僕はソレヴィヌの美しさや尊さを誰よりも理解している自信がありましたし、ソレヴィヌが深夜の1時になると決まって緑色の液体を出すことに対しても否定的ではありませんし、ソレヴィヌがかつてヤマタノオロチを飼っていたという事実も愛おしく、特定の季節になると、ソレヴィヌが地面の中で宇宙が壊れるほど暴れながら、じっとしていることも肯定的に見ています。実際に、ソレヴィヌが宇宙を破壊し、それでも悪びれない態度でお茶を飲んでいたこともありますが。

ご存知のように、ソレヴィヌは実在しませんが実在します。
ソレヴィヌは茶色く澱んだ水に濡れると、無限に生える触角(本当は触角はないが)から、ファラフゥという、アメリカ合衆国が安らぐような柔らかな音を発し、灼熱の炎で街を焼きます。イモも焼きます。罪も焼く。そして、ソレヴィヌは実在しません。ソレヴィヌはイモは焼きますが、イモは実在しないのです。

ソレヴィヌの精神構造が、平仮名における「に」のそれと酷似しているのは誰もが感じていることでしょうし、あるいは、人名における「田中」の「田」にも似ている。ヨン様がかっこいいですね。例えば、言葉が、言葉を3ミリ以上超えたときに生じる壊滅的な齟齬のようなものを投げて、どこに投げるのかということであれば、ソレヴィヌは貝のように黙り、イモを焼くでしょうね。焼きませんが。

何よりも、ソレヴィヌが奏でるチェロめいた楽器の音は12音階に属さず、可聴範囲にさえ属さず、ちょうどスフィンクスが木星と交信する際に発する音に似ていますし、ソレヴィヌは実在しますし、イモは焼きませんが、ソレヴィヌは金属を見ると、グネリとその実在しない身体を曲げ、瞳に宿した光。世界が白く抜けて、全てが白くなったならば、ソレヴィヌはきっと僕を愛し、慈しみ、世界を包み込むでしょう。オブラートで包むでしょうよ。オブラートでオブラートを包むでしょうが。包みませんが。イモは焼きます。そうですね。焼きませんね。焼けよバカ!

というような気分になることって誰でもあると思うんですが、阿佐ヶ谷の『本笑家』でラーメンを食べました。

 3月17日(金) 丸福@三鷹 わ@吉祥寺 やる気茶屋@吉祥寺 武蔵家@吉祥寺
金曜日なので、頭蓋骨の論理性を肯定する必要がありますが、言語的もしくは記号の上で、狡猾な整合性を頭蓋骨にどう帰納させるかが哲学者が抱えるテーマでございますが、とにかく、頭蓋骨というのは骨でございまして、骨以下でも骨以上でもなく、このようなものが、かつては食い、しゃべり、異性と口付けを交わしていたのかと思うと、こういった浅ましくも猛々しい頭蓋骨に対してどのようにお湯をかけていいのか苦悩することになり、論理性の肯定という崇高で近寄りがたい論題に手をつけることができなくなりますから、とりあえずは、保健所に電話して、「たったいま、世界のどこかで海苔が死にました」などと奇抜かつ不吉ことを言い伝え、のっせりのっせりのっせりと歩く亀の横に立ち、亀に軽蔑の目を向け、腕を組んだまま亀に嘲笑を浴びせかけ、「お前は亀にすぎない」と罵り、優越感を覚えることが頭蓋骨の論理性を決定づけるための重要な賦活剤になると信じておりますが、はて、頭蓋骨の論理性とはいかなるものか?

というようなことを考えながらマユモーと『わ』に行きました。
金曜日に予約なしで『わ』に入れるのはとても運がいいことですし、僕の体はウロコで覆われていますよ。


『やる気茶屋』では、マユモーが紙とシャープペンシルを出して、「絵を描きたい」と言うものですから絵を描きました。

これは、僕がイメージする「サイ」です。

これはマユモーがイメージする「サイ」です。
このマユモーが描いたサイを僕はとても気に入り、笑い転げました。特に、角の先にある何かが大変おもしろく、とても笑いました。この角の先にある何かを描いたことがマユモーの(サイだけに)才能ですし、実際に動物園に行って、サイの角の先に、このような何かがついていたら僕は笑い転げるに違いありません。

ひとりで〆たのは『武蔵家』でした。
となりの客が、ラーメンが出されると、立ち上がって、コショウやら唐辛子やらおろしニンニクやらニンニクチップやらを、テーブルマジシャンのごときおおげさな所作で振りかけていたのが怖かったです。

*****

例えば、僕が車を運転していると、他の人は僕が車を運転していると認識してしまうのですからね。

だから、僕は車を運転している時は、こう念じるわけです。僕はいまウサギの耳をもっと長くなるように伸ばしているんだと。決して車の運転をしているわけではないのだと。そう念じることによって10人中8人は、僕が車の運転をしているのではなく、ウサギの耳をもっと長くなるように伸ばしていると思い込んでくれるわけですが、あとの2人は、僕がフロイトのこめかみをツマヨウジで突いていると認識してしまう可能性があるわけです。

車を運転している人を見て、車を運転していると認識してしまうのは、脳における情報処理の弊害ではないでしょうか。つまり、知識の蓄積による弊害です。そもそも、ウサギのことを知らない人がいるのかもしれませんね。僕はウサギというのは何歳から知ったのでしょうか。2歳でしょうか。3歳でしょうか。それとも、2歳でしょうか。それとも、3歳でしょうか。それさえも覚えていないのです。いや、もしかしたら僕はいまだウサギを知らないのかもしれない。それとも、3歳でしょうか。

みなさんは、いつから自分がウサギを知っていたかを覚えているでしょうか。もし、覚えていないなら、それは、記憶を捏造されています。

記憶の捏造師という職業があります。
しかし、記憶の捏造師に会ったことがある人はいません。いや、正確には会っても、会ってないように記憶を捏造されるのです。じゃあ、なぜ僕は記憶の捏造師のことを知っているのか、と思うでしょうね。勘の良い人はもう気がついているかもしれません。

そうです。僕が記憶の捏造師です。この僕が。

いまからみなさんの記憶を捏造します。
捏造されたくない方はこれ以上読み進めずにブラウザを閉じてください。
では、行きますよ。

あなたは昨日筆入れに生きたイカを入れた。
あなたは昨日筆入れに生きたイカを入れた。
あなたは昨日筆入れに生きたイカを入れた。

そのイカはあなた自身だった。

あなたはこの文章を読んだことを一秒後に忘れる。

と呟きながら『丸福』でラーメンを食べました。


 3月16日(木) 丸福@三鷹 月の花@三鷹 千代田寿司@三鷹
新興宗教を立ち上げる際に必要なのは、やはり、何かしらの絶対的な価値だと思いますから、僕はとりあえず、何でも良いから絶対的な価値を仕立て上げようと思いました。その価値は絶対的であれば足りるわけです。なぜなら絶対なのですから。絶対はそれだけで完結します。何でも良い。例えば、絶対的な何かを「ネカラネランカ」と名づけてみましょうか。そう名づけるとそれっぽいですからね。間違っても「ぽんぽんお尻」などというような名づけ方をしてはなりません。そうして、「ネカラネランカの境地に到達するためには○○をしなければならない」だとか「そのようなことをするとネカラネランカの道徳に反する」などという言い方ができるようになり、なおかつ、そのようなことを真顔で言い続けることにより、ネカラネランカの絶対性は信憑性を増すというか、幻想という枠を逸脱して現実に干渉してくるのであります。それは、言葉の暴力でしょう。強いのは言葉で弱いのは人間でしょう。くさいのはスカンクでしょう。スカンクはくさい動物の代名詞みたいになってしまい、可愛そうでしょうが。ひどい話です。どうしてくれるんですか。慰謝料はもらえるんですか。誰がもらうんですか。達磨にだけは慰謝料を払わないで下さい。慰謝料をもらうのは僕です。僕に慰謝料をくれるんですか。じゃあもらいますよ喜んで。しかし、表向きには僕は慰謝料をもらってないことにしてくださいね。表向きには僕は慰謝料じゃなくて豆腐をもらったことにしてください。ですからネカラネランカに具体性など要りません。必要なのは絶対性なのです。擬似的な絶対性なのです。いや、擬似的なものしか絶対性を帯びませんからね。絶対性というのは河童や麒麟のごとく実在しませんから。まず、何かしらの絶対性を想定し、その外堀を埋めてゆく必要があるでしょう。教義であり、階級であり、寄付であり、金太郎であり、麦であり。教祖は唯一ネカラネランカを識っている存在でなければなりません。教祖だけが、その体現者であるという演出が必要になるのです。それが最適なのです。いや、最適化ですね。つまり、デフラグです。デフラグの画面をじっと凝視したことがありますか。僕はありますよ。だけど、最近デフラグはしてませんね。面倒くさいからなんです。ゲームだってしてませんよ。ところで、あなた、さっきからこの文章を読んでますが、何も言わないのですね。何も言わないということは、もしかして、あなたは地蔵ですね?そうですね?だとすると、僕は言葉が通じない地蔵に対してメッセージを発していたというわけか。とんだお笑い種だよ、これは。とほほ。

というテンションでヒョッコリ君と『月の花』に行きましたが、注文するつまみがほとんど品切れで笑えない状況でした。瓶ビールがない、というのは僕のアイデンティティーを崩壊させるのと同義です。瓶ビールが目当てで店に入っているのですから、瓶ビールがなくても、瓶ゴリラは用意すべきだと思います。瓶ゴリラがないなら、普通のゴリラを用意すべきです。



場所を変え、三鷹駅にほぼ隣接するビルにある『千代田寿司』に行きました。
ヒョッコリ君の怒涛の奢りでいただきましたが、やあ、旨い!思う存分、がっつり食って飲みました。


 




*****

数ヶ月ぶりにCDを買いましたが、これは下手をすると、というか下手をしなくても、ネタだろうと思われる恐れがあります。


これを買ったのは本気です(だけど、ちょっとはネタです)。

ここまで気持ちよくJ−POP J−POPした曲を聴いたのは大塚愛のさくらんぼ以来でしたので、発売前から欲しいなと思ってました。僕は音楽には音楽性とか求めてなくて、どちらかというと逆の方が良い。こういうエンターテインメント性とかだけで成立してるのとか、浮ついた感じの方が良い。修二と彰とかストライクゾーンですとも。

洋楽とか、洋楽っぽい音楽は根こそぎ苦手で。こう、音楽を利用して何かかっこいい方向に持ってこうとするオーラを感じるのは苦手で。音楽って、かっこいいとかより楽しいほうが良いじゃないですか。ベッタベタのJ−POPが好きですねえ。死ねよ!ってくらいのJ−POPが好き。究極的に音楽をバカにしてるような音楽が好き。音楽は音楽が嫌いな人のためにある、ってくらいの、そういうの。だって、音じゃないですか。音楽って単なる音じゃないですか。分かる人が分かるような方向性ってうざいじゃないですか。そもそも、音って食べられないじゃないですか。ファしか食べられないじゃないですか。ソとかレとか食べると死ぬじゃないですか。

大学入った時、音楽のサークルに入ろうとしたんですが、いざ部室に行ってみると、周りが洋楽ばっかだったので、世界を間違えたと思って逃げ帰ったことがある。僕が聴いてたのは「ZARD」ですからね、素で。

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『丸福』。



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ママスーネス

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