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 11月30日(金) 坐・和民@吉祥寺 吉祥寺どんぶり@吉祥寺
420円のものを買うときに、つり銭を省くために、500円ではなく、520円を出すことがあるじゃないですか。

会計の時、レジの人に「420円です」と言われた人が、まず財布の中に500円玉を見つけ、「20円あるかな」と思考する時に見せる一瞬の表情。その表情に僕は深遠な芸術性を感じます。色々な人の、その瞬間の写真をいっぱい撮って個展を開きたいとさえ思っている。

なぜなら、その表情には、様々な人間らしさが詰め込まれているから。
20円を探すあまり、お店の人や後ろを待たせてはいけない、という緊張感や、それまでは財布の中から20円を探すことになるとは思ってなかったのに、急に探すことになっているという突発的な状況性や、財布の中の小銭たちの配置や色彩や音。そして、「いま私はバラ肉を買っているんだ」という生の喜び。実感。

あの時、流した涙。あの時、捨てた夢。
あの時、自分を救ってくれた希望。傷つけ、傷つけあった日々。そして…、愛。
それら全てを、宇宙は途方もない寛容さで許容してくれる。

だから僕は、レジの人に「420円です」と言われた人が、まず財布の中に500円玉を見つけ、「20円あるかな」と思考する時に見せる一瞬の表情に深遠な芸術性を感じるんです。


松原さんと、地獄とは一切関係ないのにさも地獄と関係あるかのような名乗り方をしている地獄のミサワで飲みました。


『吉祥寺どんぶり』でひとりで〆ました。

 11月29日(木) 丸福@三鷹
特許を取ってブレイクしたら、それだけで一生遊んで暮らせるじゃないですか。

そろそろ、僕もそこに目を付けても良いかな、と思っていました。商品を生み出して、特許でブレイクするためには、利便性や実用性があって、幅広い層から需要の高いモノが求められる。何より、既にあるようなモノはダメです。

そこで、僕が考案したのが、「醤油こぼし専用紙」です。

醤油こぼし専用紙
従来だと、「醤油をこぼしたいんだけど、いったい、どこに、こぼせば良いの?」ってことが頻繁にあったでしょう?現代は、醤油をこぼす必要性が増す一方なのに、肝心の、「醤油をこぼすべき場所」の整備が付いてきていないんです。でも、これからはもう大丈夫です。僕が考案した「醤油こぼし専用紙」があれば、好きな時に、好きなだけ醤油をこぼすことができます。さっそく特許を申請しますので絶対パクらないでください。間違いなく、これで僕はビル=ゲイツを超えます。


『丸福』でラーメンとネギ。


 11月28日(水) 支那そば あおば@武蔵境
元気にゴリラについて話したいと思いましたが、今日はこちらに委ねざるを得ません。

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ドリーム坊やの動画ですが、僕は歌詞が覚えられない。歌詞の母音しか覚えられない。

動画:4歳児が歌に飽きて、もうがんばるしかない動画


『あおば』で塩ラーメンを食べました。
 11月27日(火) 味噌一@三鷹
「クマの子見ていたかくれんぼ」と言いますが、そのかくれんぼが、どのくらいのレベルでクマの子に見られているかが問題になってくるじゃないですか。ガン見されていたのか、あるいは、チラ見の程度だったのか。

そもそも、クマの子の視力がどれくらいだったのかも問われるべきです。
0.1の視力と2.0の視力では、かくれんぼを見たときのクッキリ度がまるで違うわけですから。視力の度合いによって、いかに無茶な場所に隠れているウォーリーを探し出せるかが決まってくるわけですから。また、クマの子が何を食べながらかくれんぼを見ていたのかも調査すべきです。鮭なのか、蜂蜜なのか、ガリガリ君なのか、僕なのか。いや、これについては答えが出ている。なぜなら、いま、僕はクマの子に食われているからです。ちょうどいま、前頭葉が食われました。これから側頭葉が食われます(笑)


コンケノビと日付が変わる直前まで飲みました。

日付が変わってから、ひとりで『味噌一』で〆ました。

 11月26日(月) くぼ田@西武柳沢 カッパ@吉祥寺 やる気茶屋@吉祥寺 吉祥寺どんぶり@吉祥寺
僕は、「アニミズム」という考え方の根本的な失敗を、「霊魂」という無茶な概念を引用したことだと思っています。
霊魂では、まるでお話になりません。世界には、そんなもので説明されうるべき対象がない。

万象に宿るのは、霊魂ではなく、ゴリラです。
万象にゴリラが宿るという考え方を採る勇気がみなさんにあるならば、この世界から一切の矛盾は消滅します。それに気が付くかどうかは、みなさん次第です。ただ、もし気が付くことができないなら、従来どおり「科学」や「宗教」といった幻想に依存して自己正当化を繰り返すような、「不本意な生き方」を選ぶしかありません。そして、僕はそういった人たちを見て、腹を抱えて涙を流しながら嘲笑います。僕には、愚者に同情する優しさや時間はないんです。

こういう流れになったからには、今日はもう少し踏み込みますが、ヘラクレイトスが言った(とされる)「万物は流転する」という着想は惜しい。あまりにも惜しい。がんばったとは思いますが、彼は詰めが甘かった。甘めに採点しても、僕はヘラクレイトスに70点しかあげられない。なぜなら、この言葉は、正しいけれど不足しているんですね。補足しましょう。

「万物はゴリラによって流転する」。これが100点満点のパーフェクトな表現です。


サトさんと『カッパ』→『やる気茶屋』に行きました。

ひとりで『吉祥寺どんぶり』で〆ました。

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『くぼ田』で味噌ラーメンを食べました。

 11月25日(日)
絵の勉強をするために、関西から吉祥寺に上京してきたキフオ君とのトークです。


クリックするとバカ音声のページ

このトークの中で、キフオ君がすごい良いことを言ったので抜粋しておきますが、全然いやらしくないです。これでいやらしいなら、「モヘンジョダロ」という言葉の音韻の方がもっといやらしいじゃないですか。

大塚愛が大好きだというキフオ君は、いま20歳ですから、僕よりも50歳年下ということになりますが、物静かな雰囲気の中に、鋭利な何かを感じました。その何かというのは、おそらくは、ボルドーとボジョレーの間に、決定的な差異をもたらすものではないかと考えます。

キフオ君の才気みなぎる作品






 11月24日(土) 珍珍亭@武蔵境 やる気茶屋@吉祥寺 吉祥寺どんぶり@吉祥寺
ヒョッコリ君と『カッパ』に来ることがものすごく久しぶりな気がしますが、ヒョッコリ君と『カッパ』に行きました。


『やる気茶屋』で、絵の勉強をしているキフオ君と初対面。

ひとりで『吉祥寺どんぶり』で〆ました。

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今日は、36億時間くらい、「ボルドーとボジョレーの差異」について考えておりました。

神を殺したのは哲学です。その哲学を殺したのはヴィトゲンシュタイン。
では、ヴィトゲンシュタインを殺すのは誰か、という流れになる。僕はその可能性をマユモーに見出しました。「ボルドーとボジョレーの差異」というテーゼは、マユモーが全人類に投げかけた壮大な哲学的「問い」だと、真摯に受けてとめております。

確かに、両者は地名という点では一致しており、差異らしきものは見当たらない。
他にも、「どちらもフランス語である」とか、「どちらも『ボ』で始まって『ー』で終わる」とか、「どちらもゴリラとの関係性が希薄」など、共通項や同一性を探り出せば、いとまなき枚挙の可能性を秘める。同時に、それに反射して、両者には明らかな差異が見出されるべきだと、マユモーは問う。

つまり、この差異の本質的重要性ついて、マユモーは「気づき」を得た。
無論、「気づき」というのは、歴史を振り返る限り、「既存価値の超克」への第一歩です。では、ヴィトゲンシュタインが示した、「沈黙されるべき語り得ぬこと」に、この「問い」、あるいは、この「問いの答え」、あるいは、この「問いの答えに至る(至らない)ためのプロセス」は、該当するのかどうか。それは、多分、知に対する全責任を負う僕らが決定すること。

僕らが油断している時に、惰性で構築された、無駄に高い論理的間仕切りを超える形で、巧妙かつ周到な放物線を描きながら、マユモーは「問い」を投げかけてきた。これを解決すれば、「沈黙されるべき語り得ぬこと」という意味内容そのものの根本的な是非さえも明らかになると僕は思っています。

僕は、この偉大な「問い」をボタン化しました。
クリックするとマユモーの「問い」が再現されます。答えが出るまで何度もクリックしてください。

クリックすると「問い」が聴こえます

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『珍珍亭』で並ネギ!


 11月23日(金)
少なくとも僕はそうなのですが、特に男性ならば多くの人が持ちうる考え方として、「占ってもらう」と「金をどぶに捨てる」とは同義、みたいなのがあるじゃないですか。

占いってのはどう転んでもデタラメじゃないですか。
科学的な姿勢を強めれば強めるほど占いってのは意味がない。かといって、「占いなんて嘘!」みたいなことをわざわざ積極的に叫ぶのもかっこいい気がしないわけです。ただ、そういった諸事情を踏まえて「話のタネ」としての観点で占いを拾えば結構おもしろいんじゃないかと、時々、思っていたのですね。「それはそれ」というか、大げさに言えば、膨大な情報の、氷山の一角みたいなものとして占いを見れば、それなりのエンターテイメントになりえるし、現になってる。

「未来は確定されえない」というある種の絶対的な事実に、至高なまでの茶番的自己完結性で立ち向かおうとする「占い」を、こう、外側から他人顔で見物してるのも良いのですが、今回は実際に、その作用の中に自分の身を投じてみました。

マユモーに音声を聞かせたら、「嫌な客」と言われましたが、基本的に、相手の言うことに喰らいつかず、どっちつかずな相槌ばかりを繰り返す、という、意地悪な態度でのぞみました。1日の日記のために3千円を投入したということですが、とても楽しかったです。


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 11月22日(木) 赤や@吉祥寺 ホープ軒@吉祥寺
デカルトとは違う方法で自己の存在を確信したことがあります。

ある日、僕は、電話番号案内サービス104の番号が分からなかったので、104に電話をして、「104の電話番号を教えてください」と言うと、電話に出た人が「104です」と教えてくれたので、「ありがとうございました」と言って電話を切りました。

すると、今度は、自分自身がこの世界に存在しているのかどうかが分からなくなったので、104に電話して、「僕はこの世界に存在していますか?」と訊いたら、電話に出た人が、「『存在』という概念をどのように定義するかによって、答えは変わってきます」と教えてくれたので、「ありがとうございました」と言って電話を切りました。

しばらくすると、数分前の僕から電話がかかってきて、「104の電話番号を教えてください」と訊かれたので、「104です」と答えました。

また、しばらくすると、数分前の僕から電話がかかってきて、「僕はこの世界に存在していますか?」と訊かれたので、「『存在』という概念をどのように定義するかによって、答えは変わってきます」と答えました。そして、その時、僕は自分がこの世に存在していることを確信したのです。


メス豚と『赤や』で飲みました。

ひとりで『ホープ軒』で〆ました。

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僕の飲み仲間であるマユモーは、天才的なメス豚です。

左脳を数十グラム削ぎ取ったような言語センスが天才的ですし、何よりもまず、メス豚です。以前は、カウンセリングなどを無理やり録音していたのですが、いまは絶対にやりたがりません。そのため、マユモーを使った音声をアップするのは非常に難しい状況になっています。しかし、僕は「ICレコーダー(通称:神の耳)」というファンタジックな装置を手に入れましたから、メス豚が油断しているときにコッソリ音声を採取することが可能になりました。マユモーの特徴として、居酒屋に行くと、店員や知らない親父とすぐに仲良くなる、というのが挙げられます。だから、頻繁にひとりで飲みに行って知らない親父と飲みます。たまに、朝まで飲んだりします。無類の親父好きです。親父受けする自分を自覚していながら親父に逃避するため、いつまでも彼氏ができない始末です。

さて、生まれてこの方、僕は言葉を使って人と会話をしたことがありません。言葉、というか、文字を読んだことも書いたこともない。なぜなら、水と油がそうであるように、僕の脳と言語は相容れないからです。僕の脳は言葉をはじき、言葉は僕の脳をはじくのです。それゆえ、僕は言葉を用いずに人とコミュニケーションをとっています。もし、僕が作成した文章を読んだり僕がしゃべっているのを聴いたことがある人がいるならば、それは、何らかの「別の作用」によって、そう認識させられているに過ぎません。だから、事実の表面を鵜呑みにするのではなく、しっかりと事実の裏面を見てください。取って付けたような、ずさんな懐疑主義を推奨しているわけではありません。事実の表面は事実に過ぎず、事実の裏面こそが真実なのです。

何が言いたいかというと、マユモーのこういった社交性は僕には全く欠落しているところなのでいつも感心するということです。僕とマユモーが飲みに行った時に、まさに知らない親父と仲良くなっているマユモーの様子をアップしますが日本酒を飲まない僕には、何を言ってるのかサッパリ分かりません。


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 11月21日(水)
練馬区の氷川台で録音したナチュラルなトークです。
サトさん(ポックリボーイバンドのギター)と一緒にラジオを録るのはこれが初めてだというのは、若干の違和感がありました。


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 11月20日(火) 大吉家@西武柳沢 蒙古タンメン中本@吉祥寺
昨日、わざわざ、それなりに距離があるラーメン屋へ行ったら定休日でフラれ、今日、再度そのラーメン屋に行ったら今日も定休日だったのでフラれたのですが、今日も定休日であるという張り紙を、昨日見ていたのに、ちゃんと確認しないでまたフラれている点がまずダメでした。どれくらいダメかというと、「火垂るの墓 」を見て泣いている人たちの涙を集め、その涙から抽出した塩を焼き鳥に振って食べるほどダメです。「せつこー!」と泣き叫びながら、その塩を焼き鳥に振って食べるほどダメです。

そして、しょうがないから別のラーメン屋に行ったのですね。もう、ほぼ満席状態だったのですが、「席、空いてないですよね!?」みたいなことを言うと、カウンターの奥の方の一番狭いところにひとつ椅子があったので、店の人やお客さんに申し訳ない気持ちでしたが、無理に詰めてもらい、座りました。そして、お冷に口をつけ、落ち着いたところで、ふと、財布の中を確認すると、48円くらいしか持ってないことに気が付き、いろんな人が注目する中で、「ラーメン代を払うお金がないからやっぱ止めます」的なことになって、逃げるようにその場を去ったという、自分のダメっぷりにビックリしました。これはダメです。どれくらいダメかというと、イフリートとサラマンダーはどちらが真に火の精霊として相応しいのかについて朝まで議論して、最終的な結論が「やっぱラムウ最高!」ってなるくらいダメです。お金をおろして食べた1軒目の『大吉家』です。


2軒目の『中本』です。
 11月19日(月) 十八亭@西武柳沢 八起@三鷹 味噌一@三鷹
行動や心理的な様相が恐ろしく中2化しています。

いや、もしかしたら、僕は、生まれつき中2だったのかもしれません。「中2」のイデアが僕そのものなのかもしれません。つまり、「中2」という概念を濾過し、理論的にそれ以上純化できないところに現れる存在が僕なのかもしれません。もっと言えば、僕は社会的なロールプレイとしての産物である養殖の中2ではなく、天然の、原初的な中2なのではないかと思うのです。

例えば、「自分大好きハシゴ」がある。
このハシゴは高く登れば登るほど気持ちが良いから、調子に乗ってドンドン登るのですが、一方で、高く登れば登るほどハシゴから落ちた時のダメージが落差として大きいわけです。「自分大好きハシゴ」を一段も登らない人はいないとしても、まあ、賢くて分別のある人なら、「自分大好きハシゴ」に登る高さを、ある程度、抑えてちょうど良いバランスを取るのだと思うんですね。それが大人です。高く登りすぎて、落下して骨折するのが中2です。

それでも、もはや、僕は「中2肯定論」を提唱しなければアイデンティティが崩壊します。僕は生きることが大好きな32歳です。そして、中2です。


マユモーと『八起』に行きました。

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今日の1軒目は『十八亭』。

今日の2軒目は『味噌一』。

 11月18日(日)
恐らく、このサイトで公開するものとしては最もラジオっぽいラジオかもしれません。

次の日に、このラジオを聴くのはとても怖かったです。これを録音している時の記憶がないのは、僕と松原さんです。それもあって、このラジオの中には、明らかに「2次元ラジオ」じゃない松原さんがいます。相変わらず大石君は想像を絶するほど低姿勢で、ニポポの聖地である網走出身の林君はクールに場を見つつ上手いことを言って、地獄とは一切関係ないのにさも地獄と関係あるかのような名乗り方をしているミサワは…?…さあ、どうなる?そして、どうする?それとも、どうなる!?必聴だよ!


前半 「自己紹介」「創るとは何か?」
後半 「恋とは何か?」「これからやりたいこと」

 11月17日(土) 正久保@氷川台
いままで生きてきて、最も凄いアイデアを思いつきました。

外に出た時など、上の方を見ると青く広がっている空間があるじゃないですか。夜になると黒くなって、灰色の時は水などが落ちてくることもある、あの空間。あれを「空」と呼ぶのはどうでしょうか。読み方は「そら」です。

あれを「空」と呼べば、いちいち、「上の方を見ると青く広がっている空間」などと長ったらしいことを言わなくても言いし、「空」という音の響きも素敵だと思うからです。

ですから、僕は今日から、「上の方を見ると青く広がっている空間」を「空」と呼ぶことにします。良いアイデアでしょう?だけど、みなさんはこれを真似しないでくださいね。これは僕が考えたアイデアです。もし、真似したら、1回につき1万円をもらいます。


サトさん、■さん、Sickさんと氷川台の大衆酒場『正久保』で飲みました。


 11月16日(金) わ@吉祥寺 坐・和民@吉祥寺 ホープ軒@吉祥寺


血反吐が出るまでうさぎの絵を描きました

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松原さんと、大石君と、地獄とは一切関係ないのにさも地獄と関係があるような名乗り方をしている地獄のミサワで『わ』に行きました。

『坐・和民』で林君が加わりました。

他の3人を外で待たすという最低なことをしながら、林君と『ホープ軒』で〆ました。

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