地球が滅ぶスイッチ

恐ろしいものを発明してしまいました。

今日はその発明品を特別にみなさんに公開しますが、絶対に他言しないください。もし、このことを人に言ったら僕はその場で史上最悪の国際犯罪者として逮捕されるでしょう。懲役5億光年が確定します。

僕は「地球が滅ぶスイッチ」を発明してしまったのです。

「何をバカなこと言ってるんだ」と思う方もいらっしゃるかと思いますので実際にブツを見せます。


どうでしょうか。

いま、僕は、みなさんの蒼ざめた顔を容易に想像することができます。
唐突過ぎる衝撃的な映像に、ショックで泣き喚いている方もいらっしゃると思います。いま、僕の耳元には、みなさんの激越なる絶望にむせぶ嗚咽が生々しく聴こえてきます。

もし、僕がこのスイッチを押してしまったら…

いや、安心してください。僕もそう簡単には悪魔に魂を売るつもりはありません。僕を信じてください。

確かに、このスイッチさえ持っていれば誰も僕に逆らうことはできません。
このスイッチを持って駄菓子屋に行けば、おばあちゃんが恐れおののいて、うまい棒をタダでくれることは間違いありません。このスイッチを学校に持っていけば、先生が宿題を免除してくれることは間違いありません。ああ、すみません。このような極悪非道なスイッチの使い道を考えている僕に、みなさんは非常に悪寒を覚えていることと思います。自分自身、どうしてこのような極悪非道なことを想像できるのかが不思議です。僕の考えていることは、ナチスのやったことよりも悪しきことであることは分かっています。本当にすみませんでした。いま、極度の自己嫌悪に陥っています。「絶大な力=権力」というものは、いつも人を誤った方向へ導く。僕は何のために歴史を学んだのか…。

それにしても、僕はこのスイッチを造ってみて生命の無力さを痛感しました。
生命は地球を前提に存在しているのです。生命は存在してこそ精神的な次元へ至りますが、前提的に、あまりにも物理的なのです。「存在せずして思考なし」。デカルトを逆に言ったそれです。生命があっての政治・経済・社会。
幸福も不幸もこのスイッチひとつで無に帰ります。希望も絶望もこのスイッチひとつで無に帰ります。平和も戦争もこのスイッチひとつで無に帰るのです。

不幸は幸福の一形態でしょう。絶望は希望の一形態でしょう。戦争は平和の一形態でしょう。

生命が存在する。
大前提として、これ以上に尊いことがあるでしょうか。僕は、このスイッチを押すことはしません。信じてください。

では、早速ですが、この機械のオプション機能を説明します。
もちろん、ここからが本題です。

この機械にはマイクの端子がついており、歌を歌うことが可能です。


ということは、当然にイルカの「なごり雪」を歌うこともできます。
みなさんもカラオケなどに行ったときは必ず「なごり雪」を歌うと思いますが、「地球が滅ぶスイッチ」の本体を利用して歌う「なごり雪」ほど格別なものはありません。


また、ヘッドフォンを差し込むことによって、日本文学史に燦然と輝く小林多喜二作「蟹工船」の朗読を聴くことができます。


ただ、多分、「蟹工船」の朗読はめちゃくちゃおもしろくないと思います。
「蟹工船」を読んだことがない僕ですが、「おもしろくないに決まっている」という先入観があるので、おもしろくないに決まっています。
僭越を極めながら申し上げますが、生まれてこの方、夏目漱石がおもしろいと思った試しがありません。ドラゴンボールの方がおもしろいに決まってます。おもしろくないくせに我が物顔で千円札に載るな、このバカ。何が「我輩は猫でR」だ、このバカ。Rって何だよ、この時代遅れ。「R」と「ある」を掛けただけでおもしろいつもりか、バカ。この救いようのないバカが。

※お詫び:夏目漱石の原著は「我輩は猫でR」ではなく、「我輩は猫である」でした。事実と異なる表現を用い、読者の皆さんを混乱させてしまったことを深く反省します。申し訳ございませんでした。


また、時計台のフィギュアを置くことによって北海道感を増すことができます。


時計台を置く前よりも「北海道感」が426%UP!


フロッピーディスクも挿入できますが、データを読み込むことができないので実質的に無意味です。


なぜ、データを読み込むことができないかというと、ただの空洞の箱だからです。紙の箱だからです。



ポックリボーイの部屋

ポクポクライフ