名著「熊百訓」



「熊百訓」という本がおもしろいです。
昭和38年に出版された本で、ヒグマに関わる色んなことが書かれています。
現在ですと、「人間の一方的な都合で棲む場所を失う熊」という構図がこれ見よがしに取り沙汰され、「熊との共生」などという声も聞こえてくることがありますが、そういったことは、実際に熊の実害が出ている地域では、きれいごとに過ぎないのかもしれません。しかし、この本を読んでいると、少なくとも、当時の北海道において、熊害に対する認識が、現在よりも酷いものだったということがうかがい知れます。

この本のおもしろポイントをピックアップします。

■ひどい言いよう
北海道の熊は文化の敵、人類の敵である
冒頭の「発刊によせて」の文章ですが、熊の、あたかもサタンのような言われようにいきなり笑ってしまいます。もはや、江戸時代の幕府におけるキリスト教徒に対する認識、あるいは、ナチスのヒトラーにおけるユダヤ人に対する認識とさほど変わりません。

■挿絵がひどい
これほど、迫力のない仁王立ちは見たことがありません。

念のため言っておきますが、これは、ウケ狙いではなく、昭和38年に真剣に書かれた本です。
男塾の大豪院邪鬼ほどではありませんが、上と下での人間の頭身バランスが、後期のアラレちゃんと初期のアラレちゃんのそれです。それ以前に、熊と人間の大きさのバランスが最高です。


帽子に「T」って書いてあります。

■熊の動き
馬を襲う熊の攻撃姿勢が図解されていますが、馬の前で、自慢のツイストダンスを披露する熊にしか見えません。

■熊に遭った時の対処法がひどい
信憑性の欠片もございません。「死んだふり」よりもはるかにひどいです。
本当にこんな感じで熊に説教している人がいたら、その人は間違いなく天性の素質を持っているので、即刻、R−1ぐらんぷりに出場するよう勧めます。

もはや、大喜利の次元に突入しています。

■たとえが偏見にまみれている
括弧書きの部分は、心の中で思うだけにして、全部カットした方が無難です。
特に、「子供連れの母親」の箇所は、最もいわれのないことで酷いです。こういった並びで、こういった言葉遣いをすると、問答無用に田嶋陽子の執拗な攻撃をくらうことになるので注意が必要です。

■それは特に言わなくて良い
虚勢を張りたい気持ちは分かりますが、熊がそこを恐れているわけではないので、文脈上、不要です。

■「は」と「ま」を間違える
本の雰囲気的に、誤字は想定の範囲内です。


■上手に「じょうず」って言えない



このように、上手に「じょうず」って言えない例が見受けられますが、ちゃんと、上手に言えてるのもあります。

■急に「ですます調」になる
完全に、気まぐれボーイです。

■急に嘘をつく
これを書いた日が4月1日だったのでしょうか。話は変わりますが、僕の父親はビルゲイツです(うそ)。

■やっぱり、たとえが偏見にまみれている
どう考えても、この著者は偏ったものの見方が得意です。

■勢いだけで言ってる
小学生のオーラがにじみ出ています。
逆説的ではありますが、熊の強さを表現したいがために、文字通り、「虎の威」を借りています。
ここまでやるなら、いっそのこと、「ベジータやフリーザよりも強い」くらいのことを書く度量を求めたい。

■「熊の語源」の説明が完全に暴走している
もはや、閉口するしかないです。


「昭和」で括ってしまうと、それこそ偏見になってしまいますが、少なくとも、この本には、「科学スルー」の要素が色濃くにじみ出ているように感じます。科学は大事ですが、一方で、科学をスルーすることによって、物事の解釈がこれほどまでにおもしろくなることを忘れてはならない、という教訓を得るのです。

科学の力によって八百万の神々を虐殺することはいとも簡単なことです。しかし、そうすることで失ってしまうものの意義や価値を比較考量しなければなりません。「熊百訓」の「訓」は、そういう教訓のことを言っているのだと思うことにします。
おわり


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