2年ぶりに入院
今回は人生3回目の入院ですが多いだろ!30代で3回の入院とか確実に多すぎだろ!

1回目 肺炎(2006年4月16日〜4月20日) 31歳
2回目 急性喉頭蓋炎(2012年6月2日〜6月16日) 37歳
3回目 胃潰瘍(2014年3月9日〜3月16日) 38歳

これだけ入院してしまったからには僕はふと自分の名前と対峙せざるを得ないなと思ったのです。つまり「ポックリボーイのポックリとは何か?」と。そろそろ、「君はポックリと名乗っておきながら死にそうなタイミングでポックリ逝かないじゃないか」というツッコミが入ってもおかしくないかもしれません。実際問題として、この10年を振り返ると機会の多さとしてはポックリ逝くタイミングはやたら多かったわけです。なのに死なない。だから「ポックリボーイという看板にはいつわりあり」と言われても仕方がないのかもしれません。

そもそも、なぜ僕がハンドルネームを「ポックリボーイ」としたのかというと第一に「語感にインパクトがあり唯一無二でおもしろいから」であって意味は二の次、三の次でした。

goo辞書的にはポックリという言葉の意味はこんな感じです。
ぽっくり
[副]
1 物がもろく折れるさま。「木が―(と)折れる」
2 人が突然に死ぬさま。「あの若さで―(と)いくとは」
3 柔らかくふくらんでいるさま。「木の芽が―(と)ふくらむ」
4 馬がゆっくり歩く音や、そのさまを表す語。「お馬の親子は―、―歩く」


ここにあるような意味的なものはほぼ無関係で、語感だけで僕は「ポックリボーイ」という名前を使おうと思ったし、12年使ったところでこの名前はとても気に入っています。一時期僕は自分のことを「ポックリボーイです」と名乗ることが恥ずかしくなったこともあったのですがいまやこの名前は僕の誇りです。

ただ、解釈によっては僕はこうやって入院して死ととなりあわせになるたびにポックリ死んでるのかもしれないな、とも思えてきました。なんていうかマリオが1機死ぬみたいな感覚というか。

とにかく、今回もいきなりの入院でしたね。
吐血して意識を失い救急車で病院に運ばれて緊急手術して8日間入院するなんて夢にも思ってなかったんです。

吐血して意識を失い救急車で病院に運ばれて緊急手術して
8日間入院するなんて夢にも思ってない僕
(久々のジブリ美術館でハイテンション)



8時間後




コントかよ。



なぜ入院したのか
なぜ僕が入院したのかについてかいつまんで説明してきます。

結論からいえば僕は胃潰瘍で入院しました。
なぜ胃潰瘍になったかというとストレスがすごいからです。日々の重圧に耐えかねて精神的な苦痛から胃に絶大な負担がかかり胃潰瘍を発症したのです。というようなことは僕に関しては1ミリたりともない話であって、完全に暴飲暴食、特に暴飲が原因です。たぶん、この辺の話ってポクポクライフを見てる人には一切説明不要な部分じゃないでしょうか。「なるべくしてなった」としか言いようがないんじゃないでしょうか。

胃がキリキリしてたのは実は3週間くらい前からでした。
ただそんな我慢できない痛みじゃないのでほっておいてビールをガンガン飲んじゃえるわけです。これがよくないですね。露骨に痛ければビールとか控えるものを中途半端にしかキリキリしないからスルーしちゃう。しかもビール飲むとキリキリが完全に収束してしまう。いま思うと、たぶん、3週間前から胃はそこそこ損傷していたのかもしれません。毎日ビールを4リットル飲むというのがデフォルトの生活の上に『中本』で7日連続北極ラーメンを食べたりしてたし。

特に入院直前の僕は連日夜中の2時まで飲んでいたため、そうとうなダメージが胃に与えられていたようです。
入院前夜の土曜の夜、深夜にで『富士そば』の富士盛りで〆たのですが帰ってから朝まで真っ黒いものを嘔吐し続けてました。黒いのは出血の証なのですが僕はいまいちそれを見て見ぬふりをしていたと思います。

日曜日の朝、僕は胃の不調を感じながらも「ジブリ美術館」に出かけ、レストラン『カフェ麦わらぼうし』で冬メニューをたっぷり食べてはしゃぎました。家に帰ると、さすがに胃の不調が進行している感じがして僕はずっと横になっていました。夜になっても食欲がわかない。黒い嘔吐や黒い下痢が断続的に続きます。いま思えばここで相当体内から血液が失われていたのだと思います。

夜の19時くらいですね、家の2階にある自分の部屋で立ち上がっている姿勢の時にとつぜんの貧血のめまいに襲われました。
そこで僕は初めて「やっぱ血が足りてねえ!いままで体から出てたのはやっぱ血だ!」と思うと同時に瞬間的に生命の危機を感じ「救急車呼んで!」と叫びながら階段を駆け下りました。

そこで意識不明になりました。

数分後、意識を取り戻して目を覚ますとこの状態です。完全に再現しています。

意識不明で吐血して倒れる僕(完全再現)
階段を降りきったところで僕は仰向けに倒れており思いっきり大量に吐血してました。

じきに救急車が来ました。玄関先で倒れている血まみれの僕を見た救急隊は、やや「あちゃー…血まみれかー…」みたいなリアクションでした。確かにこんなに血まみれのままの人を運ぶのは色々と面倒くさいと思うんですよ。なので、僕は「シャワー浴びてきますね」と言いました。即座に家の人は仰天して「そんなことできるわけないでしょ!」とツッコミを入れてきたのですが救急隊が「いいですよ!」って言ったので僕は血まみれのままスックと立ち上がりシャワーを浴びて完全に体から血を落としてから、のらりくらりと救急車に乗り込んだわけです。シャワーを浴びてる時、鏡に映った僕の顔は人生史上最高に蒼白でした。ドラキュラかよ、ってくらいに。

こういうことを言うのはホントはダメなのは知ってますが、救急車に乗って赤信号をビュンビュン飛ばして運ばれるってのは実に爽快ですね。救急車に乗るってのも人生初の経験でした。救急車ってのはすごいです。これがタクシーだったら色々と間に合わなくてそれこそ死んでたかもしれない。

運ばれた荻窪病院で点滴を両腕にセットし、やはり失血してるので輸血もしました。二郎風に言えてしまうのですが「点滴ダブル赤血球マシ」ですね。

そのまま鎮静剤で意識朦朧となりながら40分ほど内視鏡手術をして胃を止血しました。
僕が休肝日なしで毎日ビールを4リットル飲んでることを医師に伝えると全員が全員苦笑いをしていたのが印象的でした。


入院お絵描き
入院したページのメインコンテンツかもしれません。
2年前の入院時にはじめて企画した「入院お絵描き」の第2弾です。

1枚目「テングルー」。既存のものを足す手法で。

2枚目「ところどころが佐村河内守のピエロ」。時事いじり。ピエロの虹っぽい色彩が気に入っています。

3枚目「とてもいい帽子」。これはもう描きグセまかせに描いた絵。

4枚目「永劫の矛先に実存が否定され『無』が逍遥する世界あるある」。これも描きグセまかせですがこういう不気味感って小学生の頃から好きでした。

5枚目「くそ釈迦」。安易なのですが困ったときの神仏くそ化ですね。

6枚目は退院お絵描きの「ごりらん2」。前回よりも江戸要素をふんだんに散りばめました。


入院生活
病室はこんな感じです。全然十分ですね。

ゲル博士やヒョッコリ君が病院に来た時の様子。

今回は僕のスマホの充電が危うかったので、ゲル博士にiPadを借りました。
iPadのある入院生活ってすごいスタイリッシュですね。そういう意味でiPadのトレンド感とかファッション感ってすごいと思います。ていうか使いやすい。

大部屋なので全体の様子はこんな感じです。
まあ、もう完全に快適だったと思います。いびきとかも鳴ってたけどどうせ寝るのが一番遅い(夜中の3時とか4時とか)ので気にならなかったです。


入院食
今回の入院で食べたご飯を並べ倒してみます。



全てが液体の流動食からスタート。あいかわらず重湯が不味い
 

 

「三分粥」にグレードアップしてきました
 

「五分粥」にグレードアップしてきました
 

 

全粥クラスにグレードアップした時点でもう旨いです
 



これ↓は630円追加料金を払うと食べられる入院食のスペシャルメニュー「鯛のかぶら蒸し」です


最後の日の朝食



退院後
7泊8日分の入院費用は約15万円ですね。
高額療養費制度で5万円くらいは戻るかなとは思いますが手厳しいのは確かですね。

栄養士から退院後の食生活指導。アルコール禁止を明言しすぎですね。


担当の栄養士は慎重な人でネットとか一般的に胃潰瘍の食事にふさわしいとされる納豆とかも「皮が硬いから避けたほうが良い」みたいに熱い独自理論を織り交ぜた指導をしていました。感覚的には分かる気がする。すごく指導が丁寧で熱い栄養士。

恒例のひげ剃りです。8日分のひげを一気にザン!





あとやっぱ、入院って人生の転機っぽいじゃないですか。これを機会にリセットしようみたいなテンションにさせてくれますね。なのでノッてる内に色んなものを捨てます。もうプレイステーションとか全然やることないのでそういうのも捨てます。ゴミ袋をドッカンドッカン出しちゃいます。
 

本とかもガッツリ捨てちゃいます。



おわり

ポクポクライフ

部屋