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 12月15(日) 来々軒@東陽町 ワイズカフェ@西荻窪 野方屋@西荻窪 えん寺@吉祥寺 バルボッカ@吉祥寺
人類が言語によって紡ぎうる究極のアートは「罵詈雑言」です。

愛を語る言葉よりも夢を語る言葉よりも罵詈雑言はリアリティーとヒューマニズムに満ちています。
怒りや憎悪を含めば含むほどリアルであり、語気が強いほど等身大のヒューマニズムを体現します。「言葉を介して負の感情を爆発させる」という所業は人間が人間であることのこの上ない証左なのです。

「罵詈雑言は汚い言葉だからよくない」という優等生的評価は正論である一方で言語の可能性を放棄してしまう。僕が思うに、ゲーテの情熱的な愛の詩も、リルケの繊細でたおやかな詩も、罵詈雑言の圧倒的なエネルギーの前には無力なのです。

僕はかつて泰葉が放った「金髪豚野郎!」という言葉が本当に大好きです。芸術的な言葉だと思います。ただ、「犬にも劣る人間のクズ」のおもしろさも尋常ではありません。
めちゃくちゃ本気で貶めにきているという点がおもしろいです。僕もこれに影響されて罵詈雑言を考えてみました。


糞尿にしか愛されないゴミ以下の白痴


ミジンコの知能にすら及ばない低能キチガイの歯くそ


生まれてきたとたんに地球が腐るほどの汚物


糞バカのアホ野郎のウンコたれ


バカバカ糞アホまぬけバカを超える糞バカ


「株式会社 糞ばかカンパニー」の社長


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『トナリ』という「タンギョウ(タンメンと餃子)」の店がブレイクしてから、まさに「タンギョウ」とか「タンギョー」という言葉が以前よりもラーメン好き界隈で一般化しました。タンメンと唐揚げで「タンカラ」というのもあります。その「タンギョウ」発祥の店が江東区東陽町の『来々軒』です。
これもそうとうにシンプルで正直なタンメンで旨い。
餃子は大ぶりではちきれんばかりでした。素晴らしい組み合わせです。

吉祥寺もそうですが西荻窪もカレー屋がべらぼうに多い。というか、カフェ文化が定着している街は、そこのカフェがカレーを出してるか出してないかを問わずカレー屋が多い。その理論を中心にすると、荻窪、西荻窪、吉祥寺の中央線3駅についてはその傾向がものすごく強いです。西荻窪の『ワイズカフェ』で冬季限定の牡蠣カレーを食べました。
厚岸の牡蠣が容赦なく5個も入っております。こんなものは旨いに決まっています。

カレーを食べた後、『野方屋』で飲みました。
僕がいままで食べて中で最も旨いと思ったもつ焼きやは野方の『秋元屋』です。
これは味だけでシビアに判断した場合ですね。僕にとって人生最強のもつ焼きやは総合力で吉祥寺の『カッパ』を超える店はないのだから。

ただ、やはり『秋元屋』の味噌ダレの破壊力はとんでもないです。めちゃくちゃ旨いんですね。焼き鳥とかもつ焼きというと塩とタレしか知らないで生きてた僕にとって、はじめて『秋元屋』の味噌ダレのもつ焼きを食べた時は原子爆弾級の破壊力でしかなかったです。いままでのもつ焼き観が根本から覆ってしまったという。

久々に『えん寺』でつけ麺を食べました。


最近の肉のトレンドとしてあからさまに霜降り肉から赤身肉へのスライドというのがあります。いや、赤身肉回帰なのかもしれません。

近所でも吉祥寺の「肉山」とか西荻窪の「29」などが挙げられますが、都内でもあちこちで赤身肉を扱う肉系の居酒屋が超絶に流行っています。この流れは僕も良いと思うのです。赤い肉は見た目のきれいさが尋常じゃないし脂肪がないのでめちゃくちゃ良いのです。

吉祥寺の「バルボッカ」が扱う赤身肉の無角牛の旨さはすさまじいです。
フィレ肉を食べたのですが柔らかすぎです。これほどまでに赤身肉でありながらとろける旨さというのは初体験でした。いままで食べたフィレ肉で一番旨かったです。他にもシンタマとかミスジとか三角とかトウガラシなどの部位があるので食べてみたいです。
 12月14(土) ククゥ@吉祥寺 蒼龍唐玉堂@吉祥寺
ぽー塚愛以来ずっと女子力を高めていないことに気がついたので7年ぶりくらいに女子力を高めました。
源氏名は「山田トメ」とかでいいです。

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女子力が極めて高い『キッチン ククゥ』に行きました。大変美味しいビーフシチューです。
このお店はカエルにまみれていますが、デザートもカエルですしタピオカのカエルの卵感は凄まじいです。

『蒼龍唐玉堂』で久々の超辣担々麺です。出オチです。
でも、この担々麺、「辣」だけじゃなくて「麻」も効いてるのでいいです。
 12月13(金) タベルネ@三鷹 竹寿司@吉祥寺 ボディーブロー@吉祥寺 エーゲ海の真珠@吉祥寺
 谷記@吉祥寺 Largo@吉祥寺 ささの葉@吉祥寺 天下一品@吉祥寺
「従来の発想にとらわれないで考えよう」と言いますが、もはやこれは言語として自己破綻しているかもしれません。

というのは、「従来の発想にとらわれないで考えよう」という発想がすでに使い古された従来のものになっているからです。このパターンは「人と違うことがしたい」と言っている時点で人と同じだという例の矛盾に似ています。

だから、逆説的に、徹底して従来の発想でものを考えていいのかもしれません。
「どんぶりの中で生きたオタマジャクシと納豆をミックスして、良い具合にオタマジャクシが衰弱したタイミングでそれを天皇陛下の枕カバーの中にぶちまける」というような従来の発想が必要なのかもしれません。

*****

三鷹南口のフレンチ『タベルネ』です。
牛ハラミステーキを食べました。ものすごく旨かったのですがせっかくなのでもっとフレンチフレンチしたものを食べたほうがよかったかもしれません。フランス生まれフランス育ちの僕にとってフレンチを食べることはとてもうれしいことです。

吉祥寺の超本格的な寿司屋『竹寿司』に行きました。刺盛りがいきなりすごい。
江戸を感じたいならやはりコハダは食べたい。すごく良いです。すごく良いですよこれは。
ウニはいつだって夢ですね。寿司界ナンバーワンの夢なんです。
そして、漬けマグロ。これも江戸を感じるなら絶対に注文したいですね。
江戸時代は冷蔵庫がないのですぐ腐るマグロは捨てられてたんだけど、醤油漬けにすることによって保存が効きちょっと食べられることが分かった。なので江戸のマグロといえば漬けでしかない。ちなみにトロは醤油をはじくのでどうしようもなく捨てられていたのです。

吉祥寺の末広通りにオープンしたレバー専門『ボディーブロー』です。
牛・豚・鶏3種のレバーペースト。ものすごくとろけます。


詳細を書くとものすごく長くなるので省きますが、僕が北海道にいた時に、小学校・中学校・高校とずっと遊び続けていたチーサンという友達がいました。誰かれ構わずオープンに接する超外向的でコミュニケーション能力のかたまりのようなチーサンと、ここの通知表に書かれているようにむかしから漫画を書いたり歌を作ったり内側でものごとを考えたり表現する僕とはあまりにもタイプが真逆もいいところだったので、逆にものすごく仲が良かったのです。お互いの人格形成に激しく影響を与えたと思います。

僕が25歳くらいの時からずっと音信不通になってたんだけど、チーサンがポクポクライフに気がつき、ひとりでフラッと『ささの葉』に現れたのが去年の出来事でした。細かくと言うとあまりにも衝撃的な再会だったのですがそれは省くとして、彼の(誤用の方の意味での)破天荒さはむかしから尋常ではなかった。高校くらいの時は一緒につるんでここでは書けないようなことをたくさんしたものです。いまだからアレですが僕自身は高校を停学したこともあったのです。

チーサンは色々突き抜けすぎていてヤクザと喧嘩するレベルで向こう見ずなのですが、とにかく大学生の頃から持ってる金は全てパチンコやらキャバクラやらその他大人の遊びもろもろにつぎ込むタイプの豪傑です。ひたすら「いまを生きる」のです。彼の宵越しの銭の持たなさっぷりは江戸の町人も一目置くでしょう。僕も20歳くらいの時にはじめてチーサンに上野のキャバクラに連れてってもらったのですが、去年再会して飲むようになってからは、またちょくちょくキャバクラに連れてってもらいます。とはいっても、おそらく僕は「キャバクラに向かない人間世界ランキング」の上位に入りますので、ひたすら挙動が不審だと思います。
写真は、もはや「夜の帝王」と呼んでしかるべきチーサンがキャバクラの黒服と値段交渉をしている様子です。そしてチーサンは指名やらなんやらで1時間の滞在で1万6千円使ってました。基本的にチーサンはちょくちょく散財するのではなく1回の遊びでドカンと金を使うタイプです。

激安中華の『谷記』においては僕は赤かったです。高層ビルの外壁を登るのは極めて容易です。

バー『Largo』を経由してからの『ささの葉』。太刀魚が旨い。
夜中の1時半にひとりで『天下一品』で〆ていましたがこれは一切記憶がないです。6軒はしごした後の話なので記憶などあるわけがないです。
 12月12(木) 車@三鷹 蒙古タンメン中本@吉祥寺
あらゆる駅前を誉めるゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラほど駅前が大好きなゴリラはおらず、どんな駅の駅前をも誉めたおします。
都内に関していっても全ての駅前を誉めますね。東京駅前も、吉祥寺駅前も、京成立石駅前も、高尾山口駅前も、博物館動物園駅前も全て誉めます。テンションを上げっぱなして、「いやあ、この駅前は雰囲気が良いですね!とても素晴らしい駅前ですね!」などと言ってとにかくあらゆる駅前を誉めたおすのです。

ところが駅前から数百メートル離れた住宅街のようなところに連れて行くと態度を一変させ、めちゃくちゃ罵倒します。憎悪の形相を浮かべ「死ね!こんな場所はなくなってしまえ!滅べボケ!こんな場所はバカ野郎だ!」などと言って激しく駅前以外の場所を罵倒します。

そのまま住宅街などにこのゴリラを放置しておくと罵倒のしすぎで血圧が上がり死亡します。

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三鷹にオープンした宮崎料理居酒屋の『車』でもも炭火焼御膳を食べました。
弾力充分のもも肉の中に炭の香りがギュンギュンこもりまくっています。

5日連続で『中本』で北極ラーメンです。
3日連続はザラにありますが、5日連続は人生初だと思います。久々のネギトリプルですね。
 12月11(水) 吉野家@吉祥寺 丸長@目白 日本一寿司@吉祥寺 蒙古タンメン中本@吉祥寺
人生色々ゴリラをご存知でしょうか。

生きていれば色んなことがありますよね。これは人生色々ゴリラの作用なのです。このゴリラが僕たちの人生を波乱万丈にしている。もし、このゴリラが死ねば、僕らの人生から色んなことがなくなり、絶望的に単調なものになるでしょう。ただ、島倉千代子が死んだくらいでは僕らの人生の多様性が損なわれることはありません。

僕自身、孔子の「四十にして惑わず」という言葉の意味がほんのちょっとだけ分かるような気がしてきましたが、まだまだ惑うことは山積みです。というか、80歳とかになっても人は惑うことから脱せることはないと思います。例えば、80歳とかの人はオレオレ詐欺に引っかかる年齢層ですし、実際、引っかかってしまったらさらにボロクソに惑うでしょう。さらには、死期の近さや病気による生への執着から宗教とかにハマりやすくなったりする感じで惑う年頃かもしれないのです。

この世界において何事にも惑わない存在がいるとすればそれはスナフキンです。彼はお金にも命にも人にも場所にも執着しない。スナフキンは俗的なものを「所有しない」のです。何も持とうとしないのだから惑いようがない。お金がほしい、長生きしたい、家がほしい、アルフォートでトトロを手なづけたいなどと、執着がひとつ増えるごとに「現実と理想の乖離」が眼前につきだされ、惑いも増える一方なのですがスナフキンにはそれがない。スナフキンが唯一所有しているものは「自由に対する責任」くらいのものでしょう。僕は思春期からずっと「世界一かっこいい男はスナフキンである」と思っています。いまでもスナフキンよりかっこいい男は一人も知りません。

人生色々ゴリラは、これからも僕たちに色んなことをけしかけてくるでしょう。
生きていれば、ある日突然、落とし穴に落ちてしまうこともあるかもしれません。また別の日には、落とし穴に落ちるかもしれません。だけど、そのうち、落とし穴に落ちることもあるでしょう。ただ、いつかはきっと、落とし穴に落ちることもあ…

って、落とし穴に落ちてしかいねえよ!
人生色々でも何でもねえよ!人生落とし穴に落ちるだけの1パターンじゃねえかよ!

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吉祥寺の『吉野家』で納豆定食スタートでした。

長年の宿題店である目白の老舗大御所『丸長』にようやく行くことができました。
初めて行きながらも下調べで知っていた常連オーダーであるところの「小鉢生卵」をコールしました。正式名称は「チャシューやさいつけそば」なのですが、このメニューに限って小さめのどんぶり「小鉢」が用意されているのです。まあ、小鉢でも多いですね。これは常識破りのつけ麺です。というより、つけ汁が野菜とチャーシューで山盛りになっているので、ある程度を食べないとつけ汁の役目を果たさないです。流行りのつけ麺とは根本的に違う酸味と甘味が効いた独特の芳醇スープ。これは源流の荻窪『丸長』と通じていました。唯一無二感を含めかなり旨いです。

ところで、つけ麺の写真は本当に難しくていつも身構えてしまいます。
円(器)がひとつしかないラーメンは気楽なのですが、つけ麺は円(器)がふたつあるので厄介なのです。僕の中には、つけ汁を手前にするか麺を手前にするかの二択しかない。ホームページだとある程度縦長にできますが、特にインスタグラムというのは完全な正方形の中に構図をおさめないとならない。こう、麺とつけ汁を左右に並べて遠目で撮ると上下に無駄な余白ができますので、斜め撮りを前提に、つけ汁か麺のどちらかを手前にして遠近感を出したいわけです。さっきのはつけ汁を手前にしましたが、これは麺を手前にしたもの。全然、両者それぞれに立体感が違います。
基本的には、『六厘舎』のようにピカピカの極太麺で存在感がすごかったり、胚芽麺などを使っていて麺に色があったりするような場合など、特徴的な美しさがある場合は麺を手前にしますが、『丸長』のようにあからさまにつけ汁に特徴がありすぎる時は、つけ汁が手前で正解な気がします。

ものすごく久しぶりに『日本一寿司』に行きました。
人肌のシャリですよ。

4日連続で『中本』の北極ラーメンを食べてしまいましたが、それっていまとなっては普通ですよね。辛さ3倍です。
 12月10(火) プリモ@三鷹 まるけん食堂@吉祥寺 蒙古タンメン中本@吉祥寺
まず僕は「九九の数式を覚えるきっかけとして奇抜なものは何か?」という発想からはじめます。

そこから「ひとりブレーンストーミング」をはじめます。
醤油をひとくち飲むと1×1=1を覚えて、醤油をふたくち飲むと1×2=2を覚えて、全部で81回醤油を飲むことによって9×9=81まで覚えるというような発想です。

この「きっかけの部分のズレ」が世間一般でいう「ボケ」だと思うんです。
醤油を飲むたびに九九を覚えるって何だよ!そんなわけねえよ!そんなやついねえよ!っていう。

例えば、カンガルーに蹴られるたびに九九を覚えるとか、徳光和夫が涙を流すたびに九九を覚えるとか、そういうきっかけの部分でどうボケるかという発想で考えてゆく。最終的に僕は「沢尻エリカが犬を殴る度に九九を覚える」というのが一番おもしろいなと自分なりに結論付けます。「自分なり」というのがポイントですね。他人なんてどうだっていい。

ここまでくればこっちのものです。この時点で、僕はその日のポクポクライフに「沢尻エリカが犬を蹴る度に九九を覚えるゴリラをご存知でしょうか。」と書きはじめるわけです。

それが「仕組み」なのですが、ある種、これは僕の根幹をなす何かの暴露のようなものかもしれませんので読まなかったことにしてください。

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三鷹の昭和喫茶『プリモ』は地元民に愛されまくる人気店です。昼時はほぼ満席なのです。正しすぎるエビフライは正しすぎました。サクサクさも本当に正しかった。

水戸や浅草で根づいている伝説の食文化「納豆とんかつ」ですが、これを吉祥寺で実現できる飲食店は『まるけん食堂』です。いやあ、これは旨い。というか、「こういうのも全然あり」という言い方が正しいですね。とにかく納豆が好きな人にとってはすごく良いメニューです。
僕がとんかつに納豆を載せている様子をまさにこのとんかつを揚げたマスターが見て、「そ…!そんな食べ方初めて見た!今度やってみる!」と驚いていました。

3日連続で『中本』の北極で〆ました。
 12月9(月) 鳥元@三鷹 柏や@三鷹 蒙古タンメン中本@吉祥寺
表題の通りです。

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三鷹の『鳥元』で比内地鶏と奥久慈卵の親子丼です。

昭和5年に三鷹南口に開店した老舗『柏や』はいま三鷹のコラルに入っております。松茸と本鴨の挟み焼き。松茸の強烈な香りと本鴨の強烈なジューシーさの交差がヤバい。
せいろはとても平和でした。

『中本』で2日連続北極ラーメンです。
野菜ましネギ北極玉子。旨い。しみじみ旨い。
 12月8(日) 桃亭@三鷹 くまもり食堂@吉祥寺 蒙古タンメン中本@吉祥寺
何年も前に、マユモーがしきりに何度も目をつぶる癖がある人に対して「あの人はよく目をはしゃばむ」と言ったことがあります。

「はしゃばむ」という日本語は存在しません。
しかし、「はしゃばむ」というその場で考えたマユモーのオリジナル日本語が確かに「しきりに何度も目をつぶる」っぽい音韻の言葉であることに僕は言語のポテンシャルを感じました。ありえない日本語なのに音韻としてまさに「しきりに何度も目をつぶる」という感じを表している。ちなみに「しきりに何度も目をつぶる」を表す正しい日本語は「しばたく」あるいは「しばたたく」です。おそらくマユモーはこの辺の音韻を潜在的に拾ってオリジナル化したのでしょう。

なぜ、マユモーがこのような造語を創れたかというと、説明材料として「音象徴」という概念を持ち出す必要があると思うのです。特に「共感覚的(synesthetic)音象徴」というのは「実際には音などしないのに感覚的に音として表現する機能」として説明されます。「はしゃばむ」はここに大きく関与しているでしょう。いずれにしても、重要なのはマユモーが正しい日本語を使わずニュアンスで伝えようとするタイプだからゆえ、また、感覚的にものを言う人間であるためにこの造語が生まれたというのは間違いありません。やはり、感覚がポイントになるのだと推測します。

日本語は鬼のようにオノマトペが豊富なのにもかかわらず、シニフィエ-シニフィアン間に齟齬を生じることなくみんな膨大な擬態語を共有しているのが僕にはおかしく思えます。例えば、「どんぶらこどんぶらこと風が吹いた」とか「棒がぐにゃりと真っ直ぐに伸びている」という文章に違和感を抱くのは言語の恣意性に負けているからに他なりません。逆に言うと、この構造さえ理解できていれば極めて論理的に言語的ボケを創り出すことができます。

もはや、僕たちは「ぴょんぴょん」と言われて躍動を想起しないことはできないほどに擬態語に洗脳されている。これだけの状況で「ぴちょんぴちょん」とか「びしょびしょ」と聞いて水分を想起しない人間は天才かもしれません。

ただ、地球が回っている様子を表す擬態語がまだないですね。僕が考えます。

「オーマレーク オーマレーク と地球が回る」

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ホテルオークラの中華が食べられる『ホテルオークラレストラン三鷹 チャイニーズガーデン 桃亭』でチョイスプレートランチを食べました。麻婆豆腐と海老オムレツです。

吉祥寺中道通りの『くまもり食堂』でオムライス。
ハラミステーキも野菜がもりもり添えられていました。

夜中の『中本』でしなやかに〆ました。
北極の冬、麺3分の1、野菜まし、ネギです。いいなあ。
 12月7(土) 魚王KUNI@吉祥寺 大松@綾瀬 大八たから丸@亀有 ハッピー@亀有
 浜貞@神田 ほうきぼし@神田
それを言っちゃおしまいゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラほどそれを言っちゃおしまいなことを言うゴリラはいません。高校生のバスケットボール選手が玉のような汗を流し連日の血の滲むような努力の成果を見せるため大会で一生懸命戦っている様子を見て、このゴリラは「そんなことやったって金にならねえよ!」と吐き捨てます。

また、料理人が凄まじい集中力をもってものすごく丁寧に料理の盛り付けをしているのを見て、「そんなもん胃の中入っちゃえば同じだよ!」と吐き捨てます。

このゴリラが放つ最強の言葉が「どうせ死ぬんだから意味ねえよ!」です。10億円稼ぐ人に対しても「どうせ死ぬんだから意味ねえよ!」と言うし、抗がん剤を打って一生懸命生きようとしている人に対しても「どうせ死ぬんだから意味ねえよ!」と言うし、生まれてたての赤ん坊を見ても「どうせ死ぬんだから意味ねえよ!」と言うのです。それを言っちゃおしまいゴリラの言うことは常にそれを言っちゃおしまいです。

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吉祥寺ランチにおいてコスパの暴走度が最上級にあるのが『魚王KUNI』のうに丼だと思います。
首都圏には『とらふぐ亭』が40店舗以上ありますが、その母体が実験業態で出したのがこの『魚王KUNI』で、まばゆいばかりのバブリーな高級魚を扱いまくります。ひとまず、この業態は吉祥寺の1店舗しかありません。これに味噌汁やおかずも数品ついて1,280円なので平日は売り切れ続出になります。旨いに決まっています。


定期的にかつ適当に開催される、四万十川篤彦サトコウイイチヤングとの飲み歩きです。

1軒目。綾瀬の大御所大衆居酒屋『大松』でカシラ味噌。
めちゃくちゃ旨い。カシラと味噌の相性は壮絶でした。焼きとんで味噌を使うというスタイルで最初に思いつくのが野方の激烈人気店『秋元屋』なのですが『大松』の味噌のほうが味噌味噌していると思いました。

2軒目。亀有に移動して『大八たから丸』で炙り〆サバです。

3軒目。亀有の本命は店名でオチてる大衆居酒屋の『ハッピー』。
大衆料理で『ハッピー』は尋常ではない意表のつき方だと思います。
ウニです。昨日からウニを食べすぎです。

4軒目。神田の名店『浜貞』。
味の活け造り。めちゃくちゃピクピク動きます。

5軒目。『ほうきぼし』で〆ました。
この後、僕は武蔵小金井行きの最終電車で寝過ごしたため無事にタクシーで家まで帰りました。
 12月6(金) 季季の風@三鷹 大吉@武蔵境
小野ヤスシが生きてるのか死んでるのか分からなくなるゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラほど小野ヤスシが死んでるのか生きてるのか分からなくなるゴリラはいません。かつては森繁久彌が生きているのか死んでいるのかが分からなくなる芸能人の代表でした。ところが、最近は昔からいた大物の芸能人がことごとく高齢化してきたので、これから生きてるのか死んでるのか分からない人は激増するはずです。

森光子は生きてるでしょうか?死んでいるでしょうか?大島渚は生きてるでしょうか?死んでいるでしょうか?織田信長は生きてるでしょうか?死んでいるでしょうか?卑弥呼は生きてるでしょうか?死んでいるでしょうか?そもそも、僕自身は生きてるでしょうか?死んでいるでしょうか?そもそも「死」とは何なのでしょうか?

これは哲学的な問題なのかもしれません。

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三鷹北口の硬派な和食屋『季季の風』でブリ大根定食。これはボリュームがすごいし旨い。

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わりと近いのに何だかんだでずっと行けてなかった大宿題店が武蔵境の伝説的寿司屋『大吉』です。ついに今日行くことができました。結論から言ってしまえば想像の5倍上を行くすごい寿司屋でした。

岩手の牡蠣からスタートです。

大将が生きたシャコを見せてくれました。生きたまま仕入れるのは壮絶なことです。
殺されましたね。殺されたシャコは旨いです。
シャコは人間の10倍色彩を判別し視覚的に「円偏光」の回転方向を感知するという光学的にもアバンギャルドな全世界中で「見ること」が最も優れている生物です。ただ、死んでしまえば何も見えてはいません。

カワハギも締めたてなのでピクピクしています。
つまりはカワハギすらも生きたまま仕入れているという(誤用の方の意味での)破天荒っぷりです。これほど旨いカワハギ肝つきは生まれて初めて食べました。

極めつけは刺盛りの本マグロです。大将がさらりと「これ生の本マグロだよ。ボストンのやつ」と言い放った瞬間、僕のテンションはマックスです。
冷凍していない生マグロを食べられるのは尋常ではない貴重な経験なのです。
普通、本マグロというのは獲ったらすぐ船に備えられているマイナス60度の冷凍倉庫にぶちこまれて瞬間冷凍されます。だって、日本からかなりで遠くで獲ってるんだから。長いと1年以上かけてマグロを獲り続けるんだから。むしろ、船に備えられている冷凍倉庫がマグロでいっぱいになることがその遠洋漁業の終了を意味するのです。だから、普通、マグロは冷凍です。

では、なぜこれは冷凍マグロじゃないのか。「ボストン産」というのがポイントで、つまりはこれは「ジャンボマグロ」のことです。僕は、魚食スペシャリスト検定の勉強の中でその存在を知ってはいましたが、このような形で実際にボストンの生マグロを食べられるとは思いませんでした。机上の知識に現実で出くわすとテンションがあがりますよ。

魚食スペシャリスト検定テキスト
というか、地球儀上で日本の真裏とさえ言えるボストンで採れたマグロが3日で築地にくるというのは江戸時代の魚の輸送状況を考えると奇跡以外の何物でもありません。魚介を何日もかけて国内を徒歩で運んでいた当時から考えると涙が出るレベルでありえないことです。少なくとも明治時代から考えたってありえない。飛行機て。そういう想像をバッコンバッコン働かせてボストンマグロを食べると壮大なロマンの味がするんですね。

寿司にもボストンマグロが使われています。生です。すごい。

うに大盛りですね。存在感が絶対的です。
岩塩が載ったこれを一気に口に放り込む贅沢感はヤバくてヤバすぎでした。

吉祥寺のマニアックな名店『中華街』の武蔵境支店でフカヒレの姿煮を食べました。

夜中の2時にひとりで『らーめんおやじ』で〆ました。かなり久々です。
夜中の2時なのにカウンターが満席でした。人気のラーメン居酒屋と化していましたね。
 12月5(木) 新井@三鷹 ラパンチャ@吉祥寺
対空ゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラに空からの攻撃は絶対に通用しません。いまの日本が最強レベルで持っている地対空設備はPAC3で限界です。しかも、例えば北朝鮮からミサイルが飛んできたとして100%の確率でPAC3がそれを撃ち落すことができるとは限りません。

しかし、対空ゴリラは仮に4億発のミサイルが日本上空から襲ってきても指から出すビームによって全て迎撃することができます。それどころか、地球より何百倍も大きい隕石がどれだけ降ってきたところでこのゴリラはいとも簡単に指から出すビームでそれを破壊するのです。要するに、このゴリラがいる場所はどんなに強大な空からの脅威が降りかかろうと滅ぶことはありません。

ただ、対空ゴリラには弱点があります。それは「下からの攻撃には途方もなく無力」という点です。
例えば、5歳児がこのゴリラにローキックを食らわすとこのゴリラは即死します。

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三鷹北口にひっそりとたたずむ『新井』の天重です。
どストレートな天重でまっすぐに旨い。ここはリピートすると思います。

吉祥寺井の頭通りのイタリアン『ラパンチャ』。牛飼い風トマトクリームパスタ。
マルゲリータの色彩コントラストが良いです。イタリア国旗です。
北海道産とりもも肉のソテー。皮がパリッパリで中が大変にジューシーです。これはもう全力で美味しいですね。
 12月4(水) ドナ@三鷹 たいぞう@吉祥寺 AJINORI@吉祥寺 谷記@吉祥寺 富士そば@吉祥寺
「喪失」と「獲得」は同義です。
僕は自分が常に何か喪失していることを知っています。何かを喪失していない瞬間など1秒足りとも存在しません。

例えば、僕たちは常に未来に向かって歩み続けています。しかし、実はこのような明るげな表現は現実逃避的なニュアンスが仕込まれている気がするのです。「常に未来に向かう」ということは反対から見れば「常に現在を失っている」ということです。こうしている間にも防ぎようもなくどんどん「現在」が失われていますでしょう。「現在」が失われない瞬間など一切ないのですね。

言いかえれば、僕たちは常に寿命を失っている。
「アンチエイジング」という言葉は「無駄な抵抗」という言葉に置き換えられます。「お風呂に入ってリフレッシュした」とか「デトックスで老廃物を排出した」などと言っても常に寿命は失われている。

最終的に全てを喪失する状況を「死」と呼ぶことは可能でしょう。
しかし、表現というのは曲者です。これは「得ること」でもあるのです。つまり、命を「失う」ということは死を「得る」ということと同義です。僕が冒頭で「喪失」と「獲得」は同義と言ったのはこのことです。

仮に僕が僕の人生の根幹をなすような大切なものを喪失したとします。
これもやはり、「大切なものを喪失した状況を新たに得る」と言いかえられます。大切なものを喪失したことによって、おそらく、僕は僕自身を喪失するのだと思います。僕自身の喪失というのはつまり、理性の喪失であり、同義的に狂気の獲得ということでしょう。狂気は殺意をも容易に内包するのです。

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『ドナ』の「渡り蟹まるごとトマトクリームスープ」です。
渡り蟹の出汁がギョンギョンとスープに溶け出していてものすごく旨い。

夜の部の1軒目は『たいぞう』です。
看板メニューの「手造り黒豆腐の酒盗かけ」。良いですね。基本的にここは日本酒のお店なのでビールしか飲まない立場からすると場違い感はちょっとあれど落ち着いた感じがしてゆったりできます。

今年の4月韻オープンしたヨドバシ裏の『AJINORI』に河岸を変えます。
ここは創作中華バーという独自路線の店ですので評判の麻婆豆腐を食べました。

3軒目。24時間営業の激安中華『谷記』です。
ここの麻婆豆腐は旨いです。超安いのに旨いです。

ひとりで『富士そば』で〆ました。禅の境地でもりそばです。
 12月3(火) 珍々亭@武蔵境 千代田鮨@三鷹 富士そば@吉祥寺
怪我人に対して応急手当てをしそうなゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラほど怪我人に対して応急手当てをしそうなゴリラはいません。
例えば、交通事故で車にぶつかって血まみれで倒れている人がいるとします。すると、このゴリラはその現場にいる者の中で最も怪我人に対していかにも応急手当てをしそうなオーラを出します。なので、その場にいる誰もが、このゴリラが怪我人に応急手当てをするだろうと確信するのです。

しかし、実際、このゴリラが怪我人に対して応急手当てをすることはありません。
ですから、重傷の怪我人を見たらこのゴリラをあてにすることなくすぐに救急車を呼んだ方がいいです。

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『珍々亭』で並ネギ生玉子黄身のみナルト盛&スープです。
『珍々亭』に通って15年経ちますがナルト盛オーダーは初めてです。これは誰得なのでしょうか。
それはそうと、日本におけるナルトの生産量の7割は静岡の焼津です。こういうのは何かのテストに出るでしょう、何かのテストに。

三鷹の『千代田鮨』でまぐろづくしです。
寿司ってのは5巻で十分ですね。
こう、焼き肉なんかもそうですが、ここぞとばかりに量をこなすようにモリモリ食べるのが苦手なのです。焼き肉だろうが寿司だろうがせいぜい腹7分でやめるのが一番旨い。特に寿司なんて炭水化物がヤバいじゃないですか。

寿司にシャリ(炭水化物)が含まれる以上は己の食欲との勝負みたいなところもありますね。
「寿司よ!いかにお前が美味かろうとも俺は食い過ぎはしないぞ!」という心意気をどうつらぬくかってのはあります。

その理想のひとつが5巻じゃないですかね。
少なくとも、僕の胃袋的にはひとりで寿司を食べる時は5巻で正解です。そうはいっても20巻でも正解なんですよね。だからこう、食べるべき寿司の数ってのは実際に食べた寿司の数が正解です。元も子もないです。

昨日、『富士そば』でかけそばを注文したらワカメとネギが載っていたのですが、今日はワカメとネギを抜きました。こういう完璧なかけそばが食べたかったのです。めちゃくちゃ旨い。
 12月2(月) リータンタンカフェ@三鷹 オリヴィエ@三鷹 富士そば@吉祥寺
国家を脅かすゴリラをご存知でしょうか。

このゴリラは国家を脅かす非常に恐ろしいゴリラです。このゴリラは常にありとあらゆる国家を滅ぼそうと画策しています。ただ、このゴリラの国家の脅かし方はスケールが小さいので実際に国家が滅ぶことはないと思います。

例えば、このゴリラは国会議事堂を破壊するために建物の基礎部分にシロアリを1匹放つのです。ところが、シロアリ1匹に国会議事堂を破壊することなどできません。また、このゴリラはアメリカの大統領を暗殺するために、「アメリカの大統領よ死ね!」と脳内で念を送ります。ところが、念を送ったくらいでは人は死にません。

ですから、国家を脅かすゴリラがいくら本気で国家を滅ぼそうとしても実際に国家が滅びることはないでしょう。

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三鷹の駅ビル「アトレヴィ」のレストラン街に入ってる『リータンタンカフェ』で担々麺を食べました。
見た目の赤さとは裏腹にそんなに激しくないマイルドな担々麺です。

同じ赤いスープですが、これは『オリヴィエ』のほうれん草とチキンのトマトソースパスタです。

『富士そば』のかけそばです。
ワカメとネギを盛るというサービス精神のため本来のかけそば感がないのですがシンプル感は保たれています。染みる。
 12月1(日) 魚菜庵けん@吉祥寺 ニクータ@吉祥寺
「ジブリ映画とディズニー映画は劇場で観る」というマイ法規がありますので実践します。
かぐや姫というのは、「竹の中で見つかった小さな少女が老夫婦によって育てられ最終的に月に帰る物語」です。さすがは日本最古の物語だけあって、これほどネタバレが怖くない話はこの世に存在しません。

この物語のすごいところは竹の中で見つかったのがミジンコではなかったという点だと思います。竹の中で見つかったのが人間の女の子だったからこそ話が膨らんだのでしょう。
そういう意味で、「竹取物語」の作者は主人公をミジンコではなく人間の女の子に設定したという点で、卓越した物語を作る才能があったのではないでしょうか。

まあ、竹の中にミジンコがいても小さすぎて分からないですね。ていうか、そもそも西暦800年代にミジンコなんか発見されてるわけねえだろこのボケが!この空前絶後のクソバカが!ひぐらしのなく頃に帰れボケくそが!

今日は立ち見が出ていたほど盛況だったのですが、上演終了後に映画館から出ようとする大群衆の中にマユモーを発見した時は普通に笑ってしまったのであります。休日の映画館で偶然マユモーと会うとか、吉祥寺感がハンパない。

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ハモニカ横丁の『酒房DISH』が井の頭公園真近にオープンさせた2号店が『魚菜庵けん』です。鱈の西京焼きです。

三鷹の『NICUTA』が井の頭通りにオープンさせた2号店が『ニクータ カフェ&レストラン』です。今日は2号店づいていますね。驚異的な肉汁が溢れ出す手ごねハンバーグ。
和牛ステーキの旨さは涅槃を超えた世界に到達していました。いくらなんでも涅槃は超えちゃまずいと思うのですが。

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