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 1月15日(木) いしはら食堂@三鷹 大勝軒@永福町
絶対に倒れない人間がふたりいたんです。

彼らはたとえ100トンの衝撃で数十メートルぶっとばされてもひらりと足から着地する。転ぶことはありえない。というよりDNA的に転べないように設計されている。

僕は興味本位で彼らに相撲を取らせたんですね。彼らは絶対に倒れませんから相撲の勝敗のひとつである「足の裏以外の部分が地面についたら負け」というルールが無効化するんです。だから彼らはもうひとつの勝つための条件である「相手を土俵の外に出す」ことに必死になるんです。

僕は彼らに永遠の命を与えました。そして彼らを無限土俵に置いて相撲を取らせた。無限土俵は無限に広がる円形の土俵です。どこまでもどこまでも絶えることのない土俵。もはや彼らは決着がつきようのない相撲を無限に広がる土俵で永遠にとり続けます。未来永劫、彼らは相撲をとり続けるのです。

彼らの相撲は無限からも永遠からも愛されているのです。

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『いしはら食堂』でウインナーと納豆を合わせてみました。名づけて「ウインナットウ」です。
なんでもっと早くやらなかったのかっていうレベルで激うまです。猛烈に旨いです。

旨みの密度が狂気の沙汰である永福町の『大勝軒』。今年も全開で旨いです。
 1月14日(水) 梁山泊@武蔵関
僕はネット上では食べに行った店をディスるということはしないんですよね。

味は数値化できないじゃないですか。つまり、客観性を確保できない。
投票とか多数決でより多くの人に美味しいと思われている食べものを抽出しようがあっても、1万人が1万人とも美味しいという味は客観的に保証されない。料理を作る人と料理を食べる人が同じゴールを見ているとは限らない。だから、極端にいうと、たとえ調理ミスで海水の数百倍塩分濃度が高い味噌汁が出されたところでそれを美味しいと思う人はいるかもしれない。下手をするとダイヤモンドやラジオでさえも美味いと思う人がいるかもしれない。そういう考えを前提にしているので僕は食べものには美味しさしか見出す気がないです。

さらに言うと、何かをディスるということはその人のアンテナの感度の低さを露呈することにつながります。どんな食べものであれ、不味さなんか見出しててもつまんないんだから、一生懸命それを作ってくれた人がいる以上はいかに多くの美味しさを見出すかという方向にアンテナを張ったほうがいいです。たとえば、ピーマンとかレバーとかゴーヤが嫌いだった子どもが大人になったら好きになるというケースにおいて、子どもはまだ食べものの味に対してアンテナの感度が鈍いからその食べものの良さが分からないという説明がなされるじゃないですか。あの感じにも通じるかもしれません。

極端な話、ペヤングのゴキブリ混入を極端に問題視するというのは、僕たちが本来自然界に棲む動物であるということを忘れて、現代ならではの人間社会ご都合主義的な「食品衛生教」というカルト宗教に洗脳されているのかもしれないという見方を持っていた方がいいと思います。虫なんているに決まってるんだから。

よく何かにつけて高杉晋作の名言「おもしろきこともなき世をおもしろく」という言葉が引用されますが、食べものに対する態度とかもそういうことだと思います。本当に根っこからポジティブで好奇心旺盛な人は、そもそも「おもしろきこともなき世の中」とか言わず、相対的に見ていかに悲惨な世の中であってもおもしろさを見出す才能があります。そういう人たちにとって、そもそも「おもしろきこともなき世の中」なんて世界は具現化しない。本当にものごとをおもしろがるやつってのはそいつ以外の10億人が手首にカミソリあてがいながら絶望してても1人だけケラケラ笑ってるんです。

だから、その批判がいかに的を得ていようが何かを偉そうに批判することが多い人よりも、その賞賛がいかに的を外れていようが何かを無邪気に誉めることが多い人の方が間違いなくおもしろいです。これは完全に間違いない。なぜなら正論好きな前者は発想がマスコミ迎合型で、正論にかどわかされない後者は発想がオリジナル型だからです。例は極端ですが、前者はペヤングのゴキブリ混入焼きそばに対しマスコミの伝え方に扇動されて「製造ラインが云々、管理体制が云々」みたいな正論を言うでしょうし、後者はマスコミの伝え方にはのらずに「え?ゴキブリをサービスしてくれるの?その分、栄養価もうかっちゃうじゃん!本来、炭水化物だらけのところがタンパク質とれちゃうじゃんラッキー!ありがとう!」みたいなことを言うでしょう。

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武蔵関の『梁山泊』は何しろ肉あんかけチャーハンが有名で9割以上の客がそれを注文するのですが、そうはいっても肉あんかけチャーハン以外のメニューもハンパなく多いんですよね。一番気になってたのがこの肉糸きりラーメンでした。
17時半の開店同時に入った客は僕を含めて11人だったのですが、僕以外の10人が肉あんかけチャーハンを注文していましたね。ていうか、この店は厨房パフォーマンスもすごくて料理人が異常な手際の良さで10人分の肉あんかけチャーハンを一気に作るんですよね。あの神がかった料理速度はサーカスばりに驚異的です。
 1月13日(火) 支那そば あおば@武蔵境 まるけん食堂@吉祥寺
うるきわ(麗しさを極めている)

これは僕が考えた、世の中で流行ってほしいと願っている言葉です。
インターネットは本当にすごくてハッシュタグを用いれば全世界中でそのタグが共有されます。「#cat」なんて打とうものなら膨大な量の投稿の激流の中に巻き込まれる。ネコを見せたい人たちが投稿に「#cat」と打ち、ネコを見たい人たちが「#cat」をクリックする。そしてそこから新たなつながりが生まれてゆく。そうやっていまこの瞬間も現在進行形で世界規模の「#cat」への殺到が生じている。ハッシュタグはネット時代における革命的な情報共有ツールです。

そもそもハッシュタグは2007年にツイッターの一般ユーザーがサンディエゴの火事の状況を共有するために「#sandiegofire」というタグの使用を提案したのがはじまりですが、いまはインスタグラムであろうがフェイスブックであろうがSNS内で常識的に使われている。

そういう意味で「#うるきわ」というハッシュタグを使わない手はなかったわけですが、このタグを使ってくれる人がなかなかにいるんですよ。

現在の「#うるきわ」使用状況

こういった形で「うるきわ」が僕の手を放れてみんなに育てられていくのを見るのはめちゃくちゃうれしいです。だからバンバン使ってもらいたいです。

そもそも「麗しい」という言葉はそれ自体が麗しい。
僕は辞書の定義などを入り口にして自分なりにこの言葉の深層部に入り込んでみたのですが本当に奥が深いんですね。

「麗しい」と「美しい」は何が違うのか。僕の印象では「麗しい」は「美しい」という要素に「雅(みやび)」の属性が入っているかなという気がします。音的にも「潤い」に通じていますね。そもそも「麗しさ」のバリエーションがまさに豊麗であり、綺麗とか淡麗とか秀麗などという一般的な言葉以外にも、閑麗、瑰麗、艶麗、典麗、娟麗、清麗、雄麗、富麗など膨大な量の「麗しさ」がある。これほどまでに日本人は「麗しさ」を溺愛しているのです。

その「麗しさ」を極めているという状態が「うるきわ」なんですね。
もちろん、何が「うるきわ」なのかは完全に主観ですね。その人が「うるきわ」だと思えば、食べものであっても、風景であっても、人物であっても、概念であっても「うるきわ」です。思いの数だけ「うるきわ」が存在しうるのです。

ようするに「めちゃくちゃ麗しい」ということなのですが、この「うるきわ」という音の響きとか印象を含めて愛でていただきたいと切に願っているのであります。

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僕が「うるきわ」という言葉を思いついたうるきわ震源地の『あおば』で塩ネギラーメン。
やっぱここは「うるきわ」ですね。スッと心身の中に入ってきてくれる「うるきわ」なんです。

『まるけん食堂』で焼肉定食。
もはや「焼肉定食」ってのは死語メニューなんだけどここにはまだちゃんと存在してくれています。
でも、事実上はハイクオリティな生姜焼き定食なんです。こんだけおろしたての生姜がまじめにいっぱい載ってるってのはすごいことだと思います。

昭和の時代のギャグで、四字熟語の「○肉○食」の○の中を埋めなさいっていう問題に対して、本当の答えは「弱肉強食」なんだけど「焼肉定食」でボケるってのが常套化してたんですよね。でも、いまだに素で「焼肉定食」なんていうメニューを掲げてる店があるってのは良さしかないでしょ。
 1月12日(月) セロリの花@吉祥寺 フジヤ@三鷹 ささの葉@吉祥寺
自分が笑っている時の顔って知っているものなのでしょうか。

普通は鏡の前で取り繕って笑う程度で自分の無防備な笑顔なんて知らないと思うんですよ。
僕も自分が笑っている時どういう顔なのかまったく知らずに生きてきたんですね。これは僕が「東京ウォーカー」に載ったときに担当してくれたエディターの美友ちゃん(24歳)と今日『ささの葉』で撮った写真です。
最近インスタグラム用の写真を人に撮ってもらうことが多くなって気がついたのですがどう考えても僕は笑いすぎだと思うんです。

基本的にフォーマルな状況じゃない時の僕はすごく笑い上戸でめちゃくちゃしゃべります。
この前の大晦日、久々に『ささの葉』で会ったマユモーに「なんで次から次へとずっとしゃべるのか?もうしゃべらなくていいから」とつっこまれたのを思い出しました。それにしたってこういう写真を見せられると「えー!?こんなに笑ってるのかよー!」って思いますからね。
 
左:11月に飲んてた時の僕 右:12月に飲んでた時の僕(両方とも記憶なし)
これってもう確実に一片たりとも悩みがない人の表情じゃないですか。なぜ僕がこのレベルで笑っているのかというと一片たりとも悩みがないからでしょうね。

まあ逆にこの写真を撮った直後に僕が自殺したらめちゃくちゃおもしろいでしょうけどね。「緊張と緩和」のギャップをいかに生かすかという笑いの技術論として語れば「自殺の直前にめちゃくちゃ笑顔」というのは使えるテクニックだとは思うんですよね。

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成人式だったので前に描いた和服姿の女の子の絵をアップしますけどこの3月で僕は40歳なんすよね。

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『セロリの花』でイタリア麺。

『ささの葉』です。
なまこはなまこでも『ささの葉』のなまこは青なまこではなく上物とされる赤なまこ。まだ動いてました。
 1月11日(日) インデアンカレー@東京 トニーズピザ@吉祥寺 ささの葉@吉祥寺
「あなたの言葉に逢いたくて」の15秒動画をアップしました。

「あなたの言葉に逢いたくて」動画

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大阪のソウルフードカレー『インデアンカレー』は都内で唯一丸の内で食べられます。
甘さと辛さのコントラストが極端な庶民派カレー。見た目からしてものすごく美味しそうなのですが実際に食べても病みつきになる旨さでした。

吉祥寺の至宝『トニーズピザ』の納豆ピザです。
ここの名物老マスターは、若かりし頃、ケネディが好きすぎたため渡米してその際にアメリカのピザ作りの技術を得ています。なので、この絶品すぎる納豆ピザが食べられるのはケネディのおかげなんですよね。

絶好調の『ささの葉』です。
左手前からジブリ美術館の深谷さん、ライオンバスの運転手マスケンさん、ハイパーメディアクリエイターの僕、去年吉祥寺にリターンしてきたイリエッティ、『らーめんぺぺ』を極めし英雄たけさん。

ひとりで行っていっさい待ち合わせもしてないのにどんどん知り合いが入ってくるのが『ささの葉』。かといって、常連だけの店になるのは居酒屋のタブーです。マスターは常連にも馴れ合わないし新しいお客さんもウェルカムです。どんどん新しいお客さんが来てこのありえない旨さを味わうべきです。


もうね、青森のヒラメの肝和えとかなかなか食べられないっすよ。旨い。完全に旨いです。
正月仕様で餅がばんばん焼かれますね。

この後、ジブリ美術館の深谷さんとたけさんと僕で半ば強引にイリエッティの家に押しかけましたがほぼ記憶はない。
これは一人暮らしの男性の部屋としてはそうとうオシャレだと思います。だいたい僕なんかは部屋に植物を置くなんていう発想がないですからね。カーテンの色もシックじゃないですか。イリエッティのセンスにビックリです。
 1月10日(土) 檍(あおき)@蒲田 はちまき@神保町 ティーヌン@神保町
変幻自在ゴリラほど変幻自在なゴリラはいません。

例えば、ダルシムというのは非常に変幻自在で、たちまち消えてはたちまち現れ、現われてはたちまち消えたりします。物語の設定上、移動の描写が不要になったからだと思いますが、ドラゴンボールにおける悟空も後半はテレポートを体得し、消えては現れ、現われては消えることができるようになりました。さらに言えば、宇宙戦艦ヤマトも幾度のワープを繰り返しイスカンダルに到着しています。

さて、この空間から消えてから再び現れるホンの一瞬の間、彼らの体はどこにあるのか。結論から言えば、パラレルワールドにあります。つまり、この空間から消えて再び現れる際、彼らは瞬間的にパラレルワールドを経由している。逆に言えば、彼らはその程度の瞬間移動しかできないのです。

しかし、変幻自在ゴリラはそんなちゃちな変幻自在には収まらない。変幻自在ゴリラは、この空間から姿を消してパラレルワールドに移ると、あろうことか、その空間からさらに姿を消して第2パラレルワールドへ移動する。つまり、ダルシムや悟空やヤマトなどの「消えて現れる」というレベルを超えて、「消えてさらに消える」という芸当をこなすのです。もちろん、この世界から消えた時点で、我々の目には消えただけに見えるのですが、実は、消えて別の世界に行ってさらに消えて別の世界に行っているということです。

そして、変幻自在ゴリラは、第3、第4、第5(以下略)と、無限に重なる全てのパラレルワールドのどの場所にも消え込むことが可能であり、延々と消え続けることができます。むろん、現われるのも同じです。変幻自在ゴリラは、第3、第4、第5(以下略)と、無限に重なる全てのパラレルワールドのどの場所にも現れることができるのです。ですから、変幻自在ゴリラほど変幻自在なゴリラはいません。

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蒲田は羽付き餃子発祥の街なので、グルメ的には真っ先に餃子というのが従来の認識なのですが、僕の印象だと最近は完全に洗練されたとんかつタウンだと思います。都内屈指の評判の店がゴロゴロある。まず、一番有名なのが『丸一』なのですがこれは去年既食なので、今日はもうひとつのマエストロ『檍(あおき)』。
開店同時に行きましたがすでに大行列だったので一時間待ち。リブロース2,800円です。ほぼレアですね。もう、ここまできてしまうと従来のとんかつ観がくつがえるのは致し方がない。

寿司、蕎麦、天ぷらをもって「江戸の三味」といい、これにうなぎを加えて「江戸の食の四天王」と呼んだりします。いずれにしてもこれらは江戸時代に屋台で庶民がファストフード的に食べていたものなので、その時代に思いを馳せた飲み方をする際にはかなりロマンを感じられます。現代において店舗の絶対量が多い蕎麦、寿司、うなぎで飲むのはけっこう簡単なのですが、途中で変に高級化したため一番難しくなったのが天ぷらです。だから「江戸飲み(僕が考えた定義として蕎麦、寿司、うなぎ、天ぷらで飲むこと)」をするにあたって天ぷらを肴に飲むのはテンションが最も上がりますね。
神保町で江戸川乱歩も通った創業80年超えの『はちまき』で飲みました。
そもそも、江戸時代は火事が多いので天ぷらは屋内調理は禁じられており必然的に屋台でのみ食されていたファストフードの申し子です。そういう背景がものすごく天ぷらロマンを煽ってくれるんですよね。

そのまま神保町の『ティーヌン』でラープムー。『ささの葉』のマスターがたまに作るやつです。
必食のトムヤムラーメン。辛・酸・甘のバランスの妙。
 1月9日(金) 丸源ラーメン@武蔵関 ささの葉@吉祥寺 四文屋@吉祥寺 ホープ軒@吉祥寺
モンテスキューの三権分立って説得力があるというか、もう現にいまの国家の仕組みとして実現しちゃってるじゃないですか。

司法は裁判所、立法は国会、行政は内閣、と分けて権力が一極集中するのを避けるという話ってたぶんモンテスキューがまともな人だったから説得力があるということも言えるはずなんですよ。

ていうか、たとえばモンテスキューが生きたままの猿を食べながら「司法は裁判所、立法は国会、行政は内閣」みたいなことを言ってたら著しく説得力が失われると思うんですよ。もう、生きたままの猿を食べられたら何を言われたって集中できないじゃないですか。そもそも食べられてる猿が痛くてギャーギャー言うからうるさいと思うんですよ。

だからまあ、どんなにまともなことを言おうが生きたままの猿を食べながら言われたら何も頭に入ってこないはずなんです。キリストにしたって生きたままの猿を食べながら「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」って言ってたらもう色々ダメですもん。このことをちょっと名言っぽくいっていいですか。

生きたままの猿を食べながら言われたことに説得力はない。
ポックリボーイ(1975〜)


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大型ロードサイド店舗のチェーン店『丸源ラーメン』で期間限定の麻辣担々麺です。
『丸源ラーメン』は愛知の「物語コーポレーション」が展開するラーメン業態ですが、チェーン店ながらすごく好きですね。デフォルトの肉そばが単純に旨いです。この麻辣担々麺もストレートな表現で素晴らしい。

新年最初の『ささの葉』です。キレッキレの刺し身。
反則級の白子ポン酢が出ましたね。
タラの本場である北海道ではタチポンと呼ぶやつです。ていうかここまで瑞々しい鮮度のタチは北海道でもなかなか見られないと思います。

ハシゴして『四文屋』です。
『四文屋』で飲んでいるということを表す写真です。現にこういう環境だったんだから。絶景ですね。

ひとりで『ホープ軒』で〆ました。激辛の唐華が炸裂。というか記憶はないですね。
 1月8日(木) たいほう@武蔵関 あみやき亭@東伏見
「違法性のない15の夜」の動画をアップしました。

クリックすると動画ページ

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地元民でいっぱいの街の中華や『たいほう』でたいほうラーメン。この挽き肉の旨さたるや。

『あみやき亭』でひとり焼き肉です。タン三種盛り800円は破格。
 1月7日(水) むさし野@武蔵境 中華そば みたか@三鷹
猛獣の知識がちゃんとしてなかった江戸時代においてヒョウは虎のメスだと思われていました。

そんなことはどうでもいいのですが、ところで、ヒョウはなぜあのような斑点模様があるのか。
それは鬱蒼とした森の中ではカモフラージュとなり獲物に近づきやすくなると説明されます。その点においては虎も同じです。じゃあ、ヒョウと虎の柄は同じであってもよかったはずでしょう。そうなると、なぜヒョウと虎の柄は違うのか?という話になってくると思うんです。

かといってそんな謎を僕が明かせるわけはないので話を変えますと、ヒョウの斑点のひとつから吹雪が発生したらおもしろいなと思うんですよ。こう、いきなり視界が遮られるくらいの吹雪が発生するんです。でも、雪は空から降ってる感じじゃない。そうではなく、地表に近いある一点から大量のブリザードが発生している。

吹雪の発生源を辿ってゆく。すると一頭のヒョウに行きつくんですよ。ヒョウの斑点のひとつから猛烈な吹雪が吹き出しているんですよね。そんなことはとてもありえないし意外性があるじゃないですか。

吹雪の発生源がヒョウの斑点

というフレーズはそれだけで革命的だと思いませんか。
だからこそ僕はそういう現象があると楽しいなと考えたわけです。ようするに、僕は人類史上誰一人として考えつかなかったようなことを考えたいだけなんですよね。だからすでにこの世界史上において僕以外の誰かが「吹雪の発生源がヒョウの斑点」という着想を得ていたら僕の負け。だとすれば僕はもっともっと意外性のあるゾーンにアイデアを及ぼさなければならないんです。思考っていうものはそういう風に展開させたほうがおもしろいじゃないですか。

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いや、旨いわ。食べログに登録すらない定食屋『むさし野』のミックスフライ定食。なんなんだこのサクサク感は。
この定食屋は何を食べても毎回驚かされます。ていうか、普通のメニューが普通に旨すぎて普通じゃないの。前回も焼き鮭を食べたら異常なくらいフワフワだったんですよ。鮭なんてそうそう店によって差が出るかなってのがあったんでビックリしたけど、このフライのサクサク感もヤバい。まあこっちは料理の腕がモノをいう世界だと思いますけど焼き鮭のクオリティにはビックリしました。ここのマスターは魔法使いなのか。

『みたか』でラーメン。トッピングは非公式ながらデカネギをダブルで。うめえ。
 1月6日(火) いしはら食堂@三鷹 支那そば あおば@武蔵境 カッパ@吉祥寺
2015年も無事にカッパ開きを済ませることができました。
年始限定配布の「カッパ」の財布。12年目にして12個目をゲットです。これをもらわないと僕の一年は始まらない。

それにしても、12年っていったら小中高全てを卒業する年月ですからね。十数年前、初めて「カッパ」に入店した際に「生ビール!」と言って「うちは瓶しかないんでー!」とあしらわれ、他のお客さんの失笑を買ったのが昨日のことのようによみがえります。

僕が「カッパ」に「東京ウォーカー」の取材交渉に行った際、熱意を見せようと11年分の財布を持っていったら三代目ユースケさんをはじめとして店員さんたちがみんなざわついて写メを撮ったりして喜んでくれたのでありました。僕と「カッパ」、その片方が終わらない限り、この財布は増え続けるに違いないでしょう。

ちなみに僕がずっとポクポクライフのタイトルロゴに使っている提灯は「カッパ」のものです。

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「孤独のグルメ」の作者で三鷹・吉祥寺ゾーンが根城の久住昌之さんはむかしから『いしはら食堂』を激賞しております。そういう意味でも「いしはら食堂」は「孤独のグルメ」の理念型なんすよね。

つい最近『いしはら食堂』について書かれた記事で久住さんが「大根おろしと納豆を合わせるのが好き」って言ってたのでミーハー精神全開で僕も同じカスタマイズをしました。
そもそも、この食べ方は僕も小学生の時にハマってましたね。大根おろしをみぞれに見立てて「みぞれ納豆」と呼ぶ食べ方なのですが、それまで納豆と大根おろしを合わせるなんて発想はなかったので、すごく病みつきになって毎日のように食べてたのを思い出します。

『支那そば あおば』です。無双のうるきわねぎラーメン。今年もかなり杯数を重ねるんだろうなあ。

年始営業初日の『カッパ』です。普段は22時閉店なのが今日はさすがに20時で全部売り切れ。
最後に残ったネギを大好きな刺しの醤油で食べる。
ていうか、やっぱ僕はネギが好きですね。昼に『あおば』でネギラーメンを食べて、夜に『カッパ』でネギ刺しっていう。ネギのない世界を想像するとゾッとするくらいにはネギが好きです。
 1月5日(月) いしはら食堂@三鷹 五丁目煮干し@中野
「味噌汁を飲む」「味噌汁を食べる」

これはどちらが正解なのか。というよりも両方とも正解でしょうね。
日本語はそういうところに遊びを持たせている。近頃はカレーすら飲みものでありえる。むしろ僕は「味噌汁を飲み食べる」という表現にしていいと思うんですよね。狡猾にこの問題を回避するなら「味噌汁をいただく」と表現する手段もありえます。ただ、基本的には具がない味噌汁は飲むことしかできず、具しかない味噌汁は食べることしかできません。

なんでこんなことを思ったかというと、久々にあたたかい缶のコーンポタージュを飲んだからなんです。コーンポタージュは飲むと同時にトウモロコシを食べますね。その時、「ああ、僕はいま飲み食べているなあ」と思ったんです。あたたかい缶のコーンポタージュってたまに飲むとすっごい良いじゃないですか。コーンポタージュを缶で飲むという投げやり感とか背徳感が前提にありますでしょう。そして一粒残さずトウモロコシを食べられるだろうかというちょっとした不安。そういうのをひっくるめて缶のコーンポタージュには独特のストーリーがあるんですよね。

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僕はたまたま近所なので朝6時からやっている『いしはら食堂』ってのは、やっぱ朝に行きたい店なんですよね。
しゃけ焼き、納豆、生玉子。このパーフェクトすぎる朝食感。
かといって、これは昼の13時でも食べられるし夜の19時でも食べられる。20時の閉店までに行けば、『いしはら食堂』はいかなるメニューも平等に食べられる。

昨年末、中野にオープンした『五丁目煮干し』。
ゴリ押しじゃないうるきわなスープです。
 1月4日(日) ぶぶか@吉祥寺 さくらい@吉祥寺
「遠い街の風を聴こう」の15秒動画をアップしました。中道通り貸し切り撮影状態っすね。

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何年ぶりかで『ぶぶか』で油そば。
そもそも武蔵境の『珍々亭』で発祥した油そばを全国区にしたのは『ぶぶか』の功績です。一見『ぶぶか』は個人店のように見えるけどもともと明星食品の経営です。だからカップ麺とかにしちゃえば全国規模でマーケティングができる。明星は2006年から日清の小会社になってますけれどもね。

吉祥寺の最たる古きよき街の中華や『さくらい』です。
なにしろタンメンが有名な店ですが今日はあえてプレーンの塩ラーメンを食べました。圧倒的な普通さが染みます。旨い。
 1月3日(土) カレー食堂 心@吉祥寺 蒙古タンメン中本@吉祥寺
気がつけば2009年に作って6年も放置していた自己紹介ページを更新しました。

「東京ウォーカー」に載ったのが象徴しすぎだけど2014年は僕にとって良い年すぎました。
僕という存在と吉祥寺という街の折り合いが良いバランスで採れているという気がしています。

だからこそ2015年の年始のタイミングでこの自己紹介ページを変えたくなったんですよね。

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「ロマンティックあげるよ」をあらぬ方向に展開する方法を公開しました。

クリックするとフェイスブックの動画ページ

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東京だと下北沢にしかなかった札幌スープカレーの大御所『カレー食堂 心』が吉祥寺に進出しました。
スープカレーってのは基本的に女子の食べものだとは思いますが、吉祥寺は女子女子したカフェが多い街なのでこの出店はさもありなん。

『中本』です。安心しかないです。
 1月2日(金) 松乃家@三鷹 蒙古タンメン中本@吉祥寺
ポクポクライフを読んでてくれたことがきっかけで出会って、なんだかんだで長年のつき合いになり今回一緒に北海道に行ったアン・コヒオの名曲「悲しみをノリコ」のPVを僕が撮影・編集したので紹介します。

コヒちゃんは「その存在そのものが音楽」ってくらい才能がずば抜けてて、自分で作詞・作曲して歌うのはもちろんのこと、ギターもベースもドラムもピアノも全て自分で演奏するしシンセサイザーも使えるという音楽の申し子です。ポクポクライフでもアップしたことがありますが僕の曲も楽譜なしでアレンジ効かせてギター演奏できるので吉祥寺の街で一緒にゲリラライブをやったことすらあります。

北海道旅行後、『ささの葉』で飲んだ大晦日の日にゲル博士とコヒちゃんが僕の家に泊まったので、翌日の元日、閑散とした吉祥寺中道通りや井の頭公園でここぞとばかりにプロモ撮影をしたものです。

この魂のこもった歌声やメロディーは僕ら周囲では大評判でこの曲が仲間内に発表された2011年から知らない者はいません。このような名曲は端的にもっともっと聴かれるべきだと思うのです。

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三鷹の『松乃家』で朝定食を裏技的にアレンジして納豆ロースかつ載せをしつらえました。

『中本』でマグマ初め(新年最初の北極ラーメンを食べるという意味)。
北極ラーメンはまぎれもなく僕が人生で最もたくさん食べてるラーメンです。ほとんど主食ですからね。今年もすげえ食べると思います。
 1月1日(木) 一蘭@吉祥寺
北海道グルメツアーの様子をまとめました。

札幌と旭川でしか行動してませんが過去最高に旨い行程だったと思います。

2014年12月北海道グルメツアー

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僕はインスタグラムやフェイスブックで「ポックリボーイの巣窟」というジオタグを持っていますが、その具体的な場所がここになります。
形而下的視覚を用いると赤くて青い寺社に見えると思いますが、それは誤認を誘うフェイクで、形而上的視覚を用いると直径2メートルほどの洞窟が見えるはずです。その奥が僕の居住空間(巣穴)になっています。

形而下的視覚で見た際の「赤と青のコントラスト」に合わせて僕も赤と青の服を着ていますがこれが巣穴における正装なんです。

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安定の『一蘭』です。

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