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 5月30日(金)〜6月1日(日)
2泊3日で広島に行ってきました。

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 5月29日(木)
折りたたみペガサスを、折りたたんで携帯してるんですが、これ、折りたたんだとたんに、ペガサスの体中の骨がバキ!ボキ!って折れてしまう。で、ペガサスが死んてしまうんですね。

だから、いくら折りたたみペガサスとはいえ、ペガサスは折りたたんじゃダメだよなあ、って思ったんです。死んじゃうから。死ってのは良くないイメージがあるでしょう?

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正義と正義感

石って良いですよね。良いというより、ずるいのかもしれない。石はずるい。
 5月28日(水) 支那そば あおば@武蔵境
切り離せないなら、いっそのこと、「茶テキン」で良いんじゃないですか。

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王冠。
本来、「王がかぶる冠」という意味合いしかなかった王冠も、記号として象徴化すると、意外な方向に一人歩きする。記号が一人歩きしちゃうと、本来の王冠のコンセプトじゃないところで、王冠が意外な形で立ち振舞うことになる。良くも悪くも意味が多層化する。


「いや、そこで王冠はマズイでしょう」とか、「え?そこは本当に王冠で良いの?」みたいなシーンはあると思います。そう、でも、何か雰囲気が良さげならOKな気もする。

記号は、常に爆弾を抱えております。

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『支那そば あおば』で塩ネギラーメンを食べました。
 5月27日(火)
今日のドリーム坊や(4歳)の発言「なんで0月はないの?」

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思考の及ばないゾーンを「思考の道の外」と呼びましょう。

前提として、どのような思考にも「道」があります。例えば、「1+1は何だろう?」という疑問を抱き、「2だ」という結論に至るまでには、「思考の道」があるのです。逆に言えば、ありとあらゆる結論は、「思考の道」の先にあります。
しかし、僕たちの思考は「道の外」には及ばない。
これが思考の限界点であると同時に、人間の限界点と言えます。「道の外」には、途轍もない量の「未知の可能性」があります。だけど、僕たちの思考は「道の上」しか歩けない。「思考」という手段を用いる以上、未知の可能性に及ぶことはないのです。この限界は、思考を用いる者の責任でもある。

しかし、実は、裏技を使えば、思考を「道の外」に飛ばすことができます。
それが「思考ワープ」です。「1+1は?」という思考の最中に、上唇と下唇を「プルル!プルルル!」と(できるだけ高音で)振動させることによって、思考が「道の外」へワープするのです。
ぜひ、みなさんも、思考の最中に、上唇と下唇を「プルル!プルルル!」と振動させてみてください。
できれば、公衆の面前でやるのが良いでしょう。例えば、東京ディズニーランドでスプラッシュマウンテンに並んでいる時などに、周囲の人を驚かせるような形で、突然、上唇と下唇を「プルル!プルルル!」と振動させるのが良いと思います。演出的には、無表情でやるのが良い。そうすることによって、スプラッシュマウンテンに並んでいた人が、怖がって列を離れることも期待できるでしょう。そうなれば、待ち時間が格段に減るのです。しかし、待ち時間を減らした結果は、単なる滝からの落下です。

何よりも、「思考の道の外」へ突破した時に得られる素晴らしい知的体験は、他の何ものにも換えられない。いかに年を取ろうとも、未知に対する憧憬の念を捨てるのは得策ではありません。
 5月26日(月) 寿栄広@吉祥寺 吉祥寺の名もなきラーメン屋台@吉祥寺
豆腐の中にカバが棲息している可能性が低いのは事実です。物理的に難しい。

しかし、豆腐の中にカバが棲息している可能性と、枝豆の中にベヒーモスが棲息している可能性はどちらが低いのでしょうか。おそらく後者です。ベヒーモスはその実在の可能性がすでに危ういからです。

さて、ここぞとばかりに、頻繁に議論される「インターネットとは何か?」について考察します。
僕はベヒーモスの体重が知りたくなって、それを知るための検索をかけたところ、答えはありませんでした。これがその検索結果です。しかし、カバの体重を知るための検索をかけたところ、最初のページで答えを知ることができたのです。これがその検索結果です。

つまり、インターネットというのは、カバの体重を我々に示すことができても、ベヒーモスの体重を我々に示すことができない。それゆえ、インターネットとは以下のように定義することができます。

インターネットとは、カバの体重を我々に示すことができるものである
同時に、インターネットとは、ベヒーモスの体重を我々に示すことができないものである。

しかし、この定義は、今日から変わります。
僕がベヒーモスの体重を、いま、ここで勝手に決めるからです。8グラムです。


近所のさくらこさんと『寿栄広』で飲みました。ごり押しの魚介。

近所っぷりを生かして、さくらこさんと自転車で吉祥寺に出て、〆のラーメン屋を探しました。
フットワークが軽いさくらこさんは、僕なんかより、たくさん全国のラーメンを食べ歩いている。会うと、容赦なくマニアックなラーメントークになります。

偶然、最近、とんと見なくなった屋台を発見しました。3年ぶりくらいに発見しました。
 

これは旨い。結局、これが旨い。
ラーメンは浪漫の味がすれば、それで足りる。

「ちょっと大盛ラーメン」の時点でつっ込めるのに、「ちよと」と来た。
しかしながら、こういった要素こそが浪漫を増幅させます。まさに、これが「味」であります。ゆえに、「味」を舌だけで語るのは無理があるというものです。
 5月25日(日) ひつじくも@吉祥寺
さっき撮った、吉祥寺の何気ない商店街の写真。
写真というのは、まさに写実的だから虚像と仲が良い。
所詮、視覚は虚像に従順だから、「ステーキ」が、最初にパッと視界に入れば、そのまま騙されてしまうのではないでしょうか。でも、こんな風景は現実には存在しません。

正しい写真はこれ↓です。上のは、画像を左右に反転させたものにすぎないのであります。
かといって、そもそも、この世界が反転された虚構であれば、最初の写真の方が真実なのかもしれません。

『ひつじくも』でジンギスカンを食べたところ、鬼旨い。鬼のごとく旨い。つまり、旨さに角が生えている。
 5月24日(土)
背負い系サイト

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ドリーム坊や(4歳)は「大人になりたくない」と言う。
そのようなことを言うのは、文字通り、「10年早い」でしょう。相場として、14歳とか、それ以降くらいの発想なのではないでしょうか。

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 5月23日(金) 珍珍亭@武蔵境
「祈りのかけら」のカラオケをこちらにアップしたので歌ってくれませんか!無呼吸で!

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鑑定士気取りで、「ウーパールーパーの頭に生えてる6つのアレ」に値段を付けてみました。
向かって右側の真ん中のが、一番、良いと思います。
モノ自体の良さというより、「右側の真ん中」という立地条件が素晴らしいのです。地価っぽく表現すると、「左側の一番上」が八王子(400円)で、「右側の真ん中」が銀座(36,000円)です。感覚的な話ではありますが、「右側」という要素と「真ん中」という要素が生み出す相乗効果の凄さは筆舌にしがたいのです。6つあるものの内の「右側で真ん中」という印象の価値が全てです。したがって、阿修羅の腕についても同様のことが言えます。もう一度言います。右側で真ん中。


『珍珍亭』で、油そばを食べずに、普通のラーメンを食べました。
この店に通って今年で10年になりますが、普通のラーメンをまともに食べたのは初めてのことです。

『珍珍亭』で油そばを食べないことは、『牛角』で焼肉を食べないのと同義くらいのことになっております。「未納三兄弟!」と罵った本人の年金が未納だったのと同義くらいのことになっております。自分でいっぱいメールを送っておきながら警察に捜査依頼を促すのと同義くらいのことになっております。

『珍珍亭』は油そば元祖の店であるので沿革がまともじゃない。
 5月22日(木)
普通、「口裂け女」というと、口が耳元まで裂けている程度です。
しかし、「口どころじゃなく裂け女」は、耳元を通り越して、耳の先の空間まで裂けています。

裂けた空間の向こうは異次元の世界につながっている。
そこから、一匹のワイバーン(飛竜)が出てきて、世界中のキジを食う。すると、桃太郎はキジを仲間にすることができなくなり、ワイバーンを痛烈に非難します。責任を感じたワイバーンはキジの代わりに桃太郎のお供をすることになるのですが、ワイバーンだけ、犬や猿とのグレードが明らかに違うという問題が生じてきます。キャビアとトンブリくらいの違いが出てきます。トンべリとドンペリくらいの違いが出てきます。ペリーとペギー葉山くらいの違いが出てきます。

そのため、犬はアヌビスにグレードアップし、猿は斉天大聖に昇格します。
こうなると無敵です。これだけのメンバーが揃えば、鬼など雑魚ですし、桃太郎は逆に足手まといになります。

ですから、桃太郎は自殺しました。のちの太宰治です。
 5月21日(水)
ガウディでさえも諦めたという透明工法を用いた建造物を見ることができました。

透明工法を用いた建物
透明工法は、11世紀に、平等院鳳凰堂の建築で初めて用いられたものです。平等院鳳凰堂については、「見えないから嫌だ」という批判が強くなり、13世紀に塗装されたため、現在は透明ではなくなってしまいました。10円玉に描かれるほどに透明ではなくなったのです。

透明工法で最も難しいのは、光の屈折率の計算です。どの角度から見ても透明に見えなければなりません。欠陥の透明住宅であれば、角度を変えると外壁が見えてしまうこともありますが、この写真の建物はどの角度から見ても見事に透明で、一見、空き地にしか見えません。写真をよく見れば分かるように、外側に備えられたらせん階段が非常に重厚ですし、1階の庭に面した大きな窓には三層ガラスが用いられています。

 5月20日(火)


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 5月19日(月)
ドリーム坊や(4歳)が三角形の角のことを「三角形の先っぽ」と言っていました。
知っている知識をどうにかやり繰りして対象を表現しようとする感じがおもしろいです。

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だいたいのものが地面に対して垂直であり平行です。

感覚が垂直や平行に飼いならされてしまった以上、斜めというのは異質に感じざるを得ない。「斜め」は「歪み」に近い。

しかし、普段、斜めじゃないものが斜めだった時に見出される「美しさ」にハッとします。「美しさ」というのは、「斜め」とは違って、価値がポジティヴではありますが、やはり、異質であることに変わりはありません。それが、「斜め」の異質さと、どっかで交差するのではないかと思います。

やや斜め


かなり斜め
 5月18日(日) 心らぁめん@吉祥寺
ふと、発見した街のコミセンの掲示板より。
直感だけで、無根拠に、なおかつ、一方的に、プロファリングを試みたいのですが、この「包丁とぎますデー」というネーミングを考えたのは、センス的に50代じゃないかと思います。字体の散漫さや、ワードアートのデフォルトっぷりがかもし出す緩慢さの向こう側に、50代の影がチラつく気がしてなりません。つまり、ネーミングした人とチラシを作った人は、同一人物か、かなり近しい関係だと思います。また、これを考えたのは関西人ではない気がします。関西人が、あえて、この状況で、「包丁、とぎますでえ」などと言うとは思えないからです。


油そばなら何でも良いという考えの下、『心らぁめん』で油そばを食べました。
 5月17日(土) 美彩土@吉祥寺
るろうにフェンシング

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戦争をなくす方法を考えました。ジョン・レノンに誇れるアイデアです。

まず、戦争をなくしたいという想いを持っている人をたくさん集めます。そして、集まったメンバーで、戦争をなくしたくないと思っている人たちに戦争を吹っかけるのです。そうすれば、世界は滅び、その瞬間、戦争はなくなります。

『美彩土』で蕎麦を食べました。


犬が2匹いましたが、小さい犬が、大きな犬につながれていました。
しかし、大きな犬はどこにもつながれていなかったのです。

この画から、何かこう、一言では言い表せない複雑な権力構造(犬力構造)というか、得体の知れない感覚的な方程式みたいなものが感じられました。この2頭の犬の飼い主は、でかい犬の方に絶大な信頼を寄せているのでしょう。現に、でかい犬は、その飼い主の信頼を完全に汲み取ったように、その場に、毅然とした態度で鎮座していたのです。だからこそ、この構図は、多様な意味や意図を含むのです。
 5月16日(金) 円らく@所沢 土風炉@所沢
松原さんと、地獄とは縁もゆかりもないのに、さも、地獄と関係ありそうな名乗り方をしている地獄のミサワと所沢で飲みました。

『円らく』という店で飲んだのですが、ここは、意外な立地が、かなり意外です。
栄えた所沢の商店街から、ふと、右に曲がった道の先に、意外な感じであるのが、非常に意外なのです。

栄えた所沢の商店街から、ふと、右に曲がった道の風景

このように、意外な感じで、店があるのが、意外な感じです。
このような立地でも、平然と満席でしたし、まさに「隠れ家的な居酒屋」というコンセプトが成功しているケースだと思うのですが、この場合、「隠れ家的」の「的」が肝で、本当に隠れ家だったら、誰にも発見されず、大失敗になってしまいます。どこまで隠れればアリなのか、っていう見えざる基準がおもしろい気がします。

店が透明の居酒屋とか、「最後のカギ」を持ってないと入れない居酒屋とか、カタコンベの中にある居酒屋クラスにならないと、本当はおもしろくないのかもしれません。本当は。

泣いて馬刺しを斬る。

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