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 10月31日(土) はつね@西荻窪 カッパ@吉祥寺 クロキ@吉祥寺 吉祥寺どんぶり@吉祥寺 
ネットの漢字ゲームにはまってしまったのですが、漢字が読めないこと、この上ないです。

問題集で覚えようとするも、だんだん、単なる苦行になっているような気がします。「20代の頃はもっと集中力があった」などというセコイことを言うのは嫌いなので絶対に言いませんが、20代の頃はもっと集中力がありました。
使い道のない漢字を覚えるという行為は、人生と同じくらい意味がありませんから、人生と同じように、自分で適当な価値を付与しないとモチベーションが保てません。どうしても覚えられない、相性の悪い漢字は、10回くらい、でかい声で音読するのですが、1分後に忘れます。ただ、発音しては忘れ、発音しては忘れを繰り返していると、さすがに覚えます。

例えば、地名にしても、ひどいです。
その土地にいる人なら、当り前のように読めるのでしょうが、鹿児島の「頴娃」は「えい」で、宮崎の「飫肥」は「おび」です。福井の「遠敷」は「おにゅう」。いったい、「遠敷」のどこに「おにゅう」の要素があるのでしょうか。ただ、香川の「兎子山」が「うさんこやま」なのは笑いました。笑える漢字は、難しくても、すぐに覚えることができます。例えば、使徒の「ヨハネ」は漢字で「約翰」らしいのですが、そんなもんに漢字表記をあてがうという発想自体がイカれていて楽しいです。

愛知の「猿投(さなげ)」っていうのは、地名としておもしろいです。
どんだけ猿を投げる地方なのかと思って調べたら、「かつて、不吉な行いをした猿を海に投げ捨てた」ということが地名の由来でした。まさか、本当に猿を投げていたとは思いませんでした。しかも海に。室伏が猿をブンブン振り回して、海の方へ投げ飛ばす絵が浮かび、切ない気持ちになりました。


『はつね』のタンメン。
旨すぎます。

『カッパ』です。

『クロキ』です。
ここに来る理由は、飲み放題があるからです。

『吉祥寺どんぶり』で〆ました。ご飯は4分の1です。

こう、マヨネーズをブチャブチャーとやると、カロリーが大幅に減り、ヘルシーになります。
 10月30日(金) いろは@吉祥寺 
秋元順子の「愛のままで」という曲が好きなんです。いや、もう、名曲です。

ただね、これ、動画で見てると、のっぴきならない部分がある。
というのは、「甘い果実」って歌うタイミングで、秋元順子が自分の胸を触るんです。どの映像を見ても、そうしてるっていう。なので、爆笑しながら編集してみました。「甘い果実」って言う時に、自分の胸を触る(示す)秋元順子の動画です。

動画:「甘い果実」はどこまでメタファーなのか

*****

東急に、富山ブラックの『いろは』が来てたので食べました。
数ヶ月前に、「東京ラーメンショー」でも食べました。
この店、あたかも富山から来てるように演出してますが、チェーン展開が激しく、関東圏にも支店があるのでアレですね。もう、あの、アレです。
往々にして、新宿とか池袋のデパートに来るような、レアで信憑性の高いラーメン店とは違って、吉祥寺のデパートに来るラーメン店はアレです。とはいっても、来てくれるだけ、うれしいというものです。もっと呼べば良い。
 10月29日(木) 一風堂@吉祥寺 
「神羅万象チョコ」ってのがあったので、ジャケット買いしました。
僕はCDをジャケット買いしたことは、ただの一度もございませんが、この手のお菓子とかは、すぐジャケット買いしてしまうような気がします。というか、お菓子に対して、ジャケット買いという言葉を充てて良いのかは分かりません。

やってることは、ビックリマンなのですが、これは、シールではなくプラスチックの立派なカードです。
これで、「しんらばんしょう」という音韻を覚える子供もいることでしょう。
ここで何が起こるかというと、「神羅万象」という言葉の印象が、本元の「森羅万象」という言葉を上回るという事態を招きます。あたかも、「らんま1/2」の乱馬が、「快刀乱麻」という四字熟語を、「快刀乱馬」という誤記に誘う流れに酷似しているのです。


『一風堂』に行きました。
 10月28日(水) あまつぼ@吉祥寺 
吉祥寺の「紳士服はるやま」です。

自由すぎる発想に、真の商売魂を見た気がします。
この冬は、「インフルエンザ対策ラーメン」とかの登場が期待できそうですね。


『あまつぼ』で焼肉を食べました。
 10月27日(火) 魚銀@三鷹 
戦死ゴリラをご存知でしょうか。

戦死ゴリラほど、戦死するゴリラはいません。戦死ゴリラは、戦死することによって生命を持続させるのです。驚くべきことに、戦死ゴリラは、かつて起こった世界の全ての戦争に参加し、戦死しています。

ペルシア戦争では、矢で討たれて戦死しています。
中国の三国時代においても、赤壁の戦いに曹操軍として参加し、周瑜に素手で殴られて戦死しました。
第3回十字軍では、サラディンの配下で戦いに参加しましたが、英国のリチャード1世(獅子心王)に素手で殴られ戦死しました。

チンギスハンの遠征の際は、モンゴル軍が侵攻したアフガニスタンで石につまずき、戦死しました。
薔薇戦争では、赤のランカスター家に属していましたが、風邪をこじらせ、戦死しました。
関が原の戦いでは、徳川家康率いる東軍に属しながらも、のどに餅を詰まらせて戦死しました。
また、アメリカ独立戦争の際は、石につまずいて戦死し、第二次世界大戦では、のどに餅を詰まらせて戦死しました。

彼にとって、戦争の原因となる政治的背景はどうでも良いことであり、とにかく、戦争で死ぬことによってその生命を持続させます。この世界に戦争がある限り、戦死ゴリラは戦地に赴き、戦死するのです。


『魚銀』で飲みました。
 10月26日(月) 
先日、ドリーム坊や(6歳)が、どっかから入手したスライムで遊んでいたのを見ました。

普通、スライムで遊ぶのは、いくらおもしろくても30分〜1時間くらいが標準だろう、くらいに思っていたら、ドリーム坊や(6歳)は、2時間も3時間も遊び通しておりました。そんなに好きなら作ってやろうと思って、スライムを作りました。


クリックするとスライムを作った様子のページに飛びます
 10月25日(日) 橙庵@吉祥寺 
森ビル・ゲイツとは、「森にいそうなビル・ゲイツ」のことです。

ナチュラルで、ゆるい印象を与えるような、なんとなく北欧系の雰囲気を持っているビル・ゲイツが、いわゆる、森ビル・ゲイツです。また、森にいそうな森光子のことを、森森光子といいます。森にいそうなマリリン・モンローは、モリリン・モンローです。

時々遊んでいる世界遺産かるた。


ドリーム坊や(6歳)に、「知ってる世界遺産を言ってみて」と訊いたら、若干、ナレーション口調で、「こつぜんと消えたモヘンジョ太郎」と答えました。失踪した芸人か。この場合、間違いを正すデメリットはあれど、メリットはないな、と僕はジャッジしましたので、そのままにしておこうと思います。


地鶏と豆腐の店『橙庵』の吉祥寺店に行きました。
 10月24日(土) カフェ麦わら帽子@吉祥寺 一風堂@吉祥寺 
最初は、「ジブリが好きだから行く」という理由で通っていたつもりの「ジブリ美術館」が、「家から近いから行く」という理由に差し替わって久しいですが、今年4回目です。展示はだいたいスルーです。ちなみに、僕がジブリ作品で一番好きなのは、「北斗の拳」です。その次に、「ゴルゴ13」が好きです。

いつもなら、こういう写真を撮ります。

4月に来た時


5月に来た時


8月に来た時

だけど、今日は、このゾーンが記念撮影の行列がすごかったのでやめました。
ここ、誰もいない時は本当にいないのですが、誰かひとりが撮影を始め出すと、どんどん、「俺も俺も」みたいになって、一気に混みます。

美術館内の『カフェ麦わら帽子』で「和牛の入った秋色ソースのごはん」という、また、いかにもジブリっぽいネーミングのメニューを食べました。


それにしても、僕は、当たり前に「戦争を知らない子供たち」でありました。言い方をアレすれば、「再放送で戦争を知った世代」です。

僕の親世代くらいから、すでに、「戦争を知らない子供たち」であったわけですから、当然です。
こういうのは、時代を重ねるたびに「知らないもの」が変わるのだと思います。恐ろしいことに、ドリーム坊や(6歳)は、ソ連を知りません。生まれた時には、ソ連など、とうに存在してませんでした。僕の世代からすると、ソ連を知らないというのは信じがたいことなのですが、平成生まれのほとんどは、当然にソ連を知らないのです。「ソ連を知らない子供たち」なのです。

ただ、ソ連は知らなくとも、「風来のシレン」は知るかもしれない。つまり、「ソレンを知らずにシレンを知る世代」の登場です。ナシゴレンも知るでしょう。鏡音レンも知る。大杉蓮も知る。マクラーレンも知るかもしれない。ということは、「ソ連を知らずにシレンとナシゴレンと鏡音レンと大杉蓮とマクラーレンを知る世代」の登場です。


『一風堂』で赤丸を食べました。

きれいなものではありませんが、下品だからこそ旨いという典型がこれ。
とんこつの醍醐味は、「ライスとの抜群の相性」だと思います。この神がかったフュージョンは、醤油や塩や味噌じゃとうてい実現されない。

使ったらなんか負けた気がして使えなかった「替え玉または半熟玉子ご賞味券」と「博多ひとくち餃子ご賞味券」がだいぶたまりました。
使ったら負けなのですが、期限が11月いっぱいなので、1回くらい使おうかなあと思っています。使ったら負けなんですけれどもね。
 10月23日(金) ふらんす亭@吉祥寺 
有名ゴリラをご存知でしょうか。

という質問ほど、バカげた質問はありません。
有名ゴリラを知らない人はいないからです。世界で最も有名な存在が有名ゴリラだからです。

もし、有名ゴリラを知らない人がいれば、それは、宇宙史上最大の奇跡と言えるでしょう。
「いや、私は有名ゴリラなんて知らない」と言う人もいるかもしれません。しかし、それは、その人の脳が、有名ゴリラを知らないだけで、その人のDNAは、確実に有名ゴリラを知っています。これは、たかが知覚レベルの話じゃございません。僕たちは、感覚で認識できるものだけが全てだと思いこみがちです。もちろん、それはそれで正しい。正しいが、その先はない。

もし、人間が火を視覚で認識できなかったら、焼死する機会が増えるでしょう。もし、人間が、背後に迫るトラックの音を聴覚で認識できなかったら、轢死する機会が増えるでしょう。感覚は、僕たちに安全を与える。感覚は、生命の持続を庇護する。

DNAが持つ情報量は莫大です。僕たちは、DNAに生かされておきながら、DNAのことをよく知らないという、壮大なコント的状況下に置かれています。ただ、DNAの中には、有名ゴリラの情報も含まれているということを忘れないでもらいたいのです。ありとあらゆる生物のDNAに刻まれた有名ゴリラの情報こそが、有名ゴリラを有名たらしめる要因なのです。つまり、有名ゴリラを知らないDNAは存在しません。


ステーキのチェーン店である『ふらんす亭』に行きました。
10年以上前に、下高井戸店で食べた以来です。
 10月22日(木) 蒙古タンメン中本@吉祥寺 
ネットの漢字ゲームで、難しい問題に挑戦した後で、別の初級モードでプレイしたら、「鍬形虫」という問題が出てきたので、ひたすら、「すきかたむし」と入力したのですが、いつまでも正解音が鳴らず、不正解になりました。

答えは、「すきかたむし」なわけはなく、「くわがたむし」なのですが、一度、思い込むと発想の切り替えが容易ではありません。うっすらと、「すきかたむし」であるはずはないよなあ、と思いながらも、それしか考えられないから、そう答えるしかなかったのです。聞いたこともないような難しい漢字の問題に挑戦した後に簡単な問題をやると、聞いたこともないような言葉を想起する作用が働き、簡単な問題でさえも難しくなります。


『中本』で数カ月ぶりに北極を食べたら相変わらず強烈で美味しかったです。
 10月21日(水) 歌行燈@吉祥寺 
自分が無意識で言っている独り言の意味が、自分でもさっぱり分からないことがあります。

今日、僕は「600円食べたい」と無意識でつぶやいたのですが、それを聞いていたらしい、たまたま僕の側にいた見知らぬ人が、僕の方を訝しげに見たので、ハッと我に返ったわけです。そこで、初めて自分がいま呟いたことを意識したわけです。

その見知らぬ人は、きっと、僕のことを、「600円が食べたい人」だと認識したに違いないのですが、実際問題、僕は、全く600円なんか食べたくないんですね。無意識の発言が真実だとは限らない。それは、あまりにも適当だったりするものです。

だって、本当に600円を食べたいなら、頑張ればできるはずですからね。100円玉を6枚飲み込めば良いのですから。まあ、600円を食べたら面白いだろうなあ、なんてことは本意として心中にあることではありますが。


『歌行燈』で松茸御膳を食べました。
 10月20日(火) 
「犬も歩けば棒に当たる」というのは、ノストラダムスの大予言みたいなものかもしれません。

僕は、ここで言う「棒」は東京タワーを指していると解釈します。
いつか、巨大な犬が東京に現れ、東京タワーに突撃し、倒壊させ、東京を大混乱に陥れる。そういうイメージが想起されてなりません。
いやいや、それはないですね。
もう少し科学的なアプローチをはかります。「犬」を指しているのは「地震」です。つまり、P派とS派を指している。PはポメラニアンのPであり、SはシェパードのSです。この2頭の犬が、地層から駆け上がってきて、「棒」である「東京タワー」に激突し破壊する。これが、「犬も歩けば棒に当たる」という言葉の、まっとうな解釈です。


昼の『はつね』は3人待ちで食べられました。
 10月19日(月) 磯部水産@吉祥寺 
いま、実際にある経済の大前提は、共産主義と資本主義です。

「共産主義は実例をもって失敗したが、いまのところ、あぶれる人はいるが、資本主義は失敗したことにはなっていない」というのが、一般的な見解でしょうか。もちろん、この辺りにも色々な議論があるかと思います。僕自身も、そうは思ってないです。

沿革上、仕方がない部分もありますが、そもそも、二項対立よろしく、これら2つの経済体制だけを比較したり、天秤にかけたりするのは、いかがなものかと思います。なぜなら、僕は、共産主義も資本主義も失敗の形式であると断言するからです。なぜか?それは、どちらも「労働」を基本とした経済体制だからです。しかし、僕は、人間が「労働」のために生まれてくるものだとは思いません。生まれた先に、ひとつの手段として「労働」があるだけで、僕たちは「労働」のために生まれてくるわけではない、という根本的な原則が見失われていることに警鐘を鳴らすのです。

必然的に、僕は3つ目の経済体制を提案します。
それが、「ザッガイハ」という経済体制です。「ザッガイハ」には「労働」という概念はありません。なぜなら、「労働」に代わる、いや、「労働」を上回るのが、「ザッガイハ」だからです。「ザッガイハ」では、「お金」という概念さえも存在しません。「ザッガイハ」では、価値が交換されません。価値は全体でひとつであり、分割不能であるから、個々人に分配され得ないというのが、「ザッガイハ」の基本原則です。むしろ、「最初からこの世界には富など存在しない」という考え方です。

だから、「ザッガイハ」は、共産主義のように「富を平等に分配する」のでもなく、資本主義のように「能力のある人間が富を勝ち取る」のでもなく、ただひたすらに、ものすごく、「ザッガイハ」です。ありとあらゆることが、「ザッガイハ」なのです。つまり、「ザッガイハ」こそが、人間の本質を汲み取る究極の体制なのです。

僕の予想が正しければ、1000年後、この世界において、共産主義や資本主義を採っている国は、一国たりとも存在していません。全ての国が、僕の提唱する「ザッガイハ」を採っているはずだからです。ただ、最も重要なことは、「ザッガイハ」ってのがいったい何なのかが僕自身も知らないということです。なぜ知らないのかと言えば、いま、僕が適当に思いついたことだからです。


吉祥寺に『楽々』というラーメン屋があるのですが、月曜日だけ、『磯部水産』という店になります。
『磯部水産』は、目まぐるしく、店主の実験的なメニューが提供されます。
今日のは、鶏ガラを大量に使った、コラーゲンたっぷりチックなトロトロのラーメンでした。『天下一品』のこってりをエレガントにした感じです。
 10月18日(日) 
アラミリ(100万歳前後)のみなさん、こんばんは!

今日は、地元の秋祭り的なものに行ってきました。これは、三鷹の友好都市や姉妹都市が集う交流フェスタです。東北地方の自慢の特産品が集結します。

ステージイベントでは、豪華なことに、あの横山やすしと西川きよしによる漫才が行われておりました。

横山やすしと西川きよし
「メガネはどこやー!」と、回し蹴りを炸裂させるやすし師匠に会場は大爆笑です。

メガネはどこやー!
きよし師匠のヒザのえぐれが子供の夢を壊さないか心配でハラハラしていました。これ、すごいリアリティーですね。
破った人、さぞかし、上司に怒られたのではないでしょうか。それとも、こういうのは普通に日常茶飯事なのでしょうか。

山形県新庄市のきのこ汁。
具だくさん。土っぽさがリアルで旨い。

山形県戸沢村のなめこ汁。
この手のイベントによくあるのですが、途中から商品の投げ売りが始まります。残したところでしょうがないからです。最初200円だったなめこ汁も途中から50円という適当っぷり。

山形県白鷹町の天然あゆ。


子持ちで、腹の中にはタマゴがギッシリでした。多分、カエルのタマゴですね。

秋田県北秋田市の食べ物に好みが集中。
『そば処 池田や』のラーメン。秋田のご当地ラーメン「十文字ラーメン」的な味を期待していたら、ほとんど、そばつゆでした。いわゆる、蕎麦屋のラーメン。

比内地鶏の串焼き。比内地鶏だけあって、ここでも、一本250円取る。
この、カラカラの肉汁皆無感。多分、比内地鶏はチェーン店の『比内や』で食べた方が無難なんじゃないでしょうか。以前、通販で比内地鶏を買って自宅で焼いた時も同じことを思いました。だって、『比内や』は、毎日数百本もの比内地鶏を焼きまくっているのだから、比内地鶏を焼かせたら右に出るものはいない的な状況になってるはずじゃないですか。比内地鶏を焼くために存在している店じゃないですか。『比内や』から比内地鶏を取ったら、単なる、偽装商売じゃないですか。

おにぎりとキリタンポ。
こういうところで食べる米はテンションでより旨く感じます。

岩手県遠野市のりんご5個セットを持ち帰り。

*****

ウチワのフレームにシャボン液をたっぷり張りました。
ゆっくり振ると、おおきなシャボン玉ができて、速く振ると小さなシャボン玉がいっぱいできました。
僕もシャボン玉の中に入りたかったなあ。
 10月17日(土) 一蘭@上野 カフェ・リゴレット@吉祥寺 
ドリーム坊や(6歳)とふたりで上野に遊びに行きました、
 
久々に、博物館と動物園に行こうとしてのですが、僕のお腹が痛くなって一刻も早くトイレに行きたい状況になったので、「聖地チベット-ポタラ宮と天空の至宝-」という展示のチケットを、慌てて買って、たまたま近くにあった、「上野の森美術館」に入りました。ここは、相当前のピカソ展以来に来ました。

「未就学児無料」という文言が案内掲示の中にあったので、チケットを買う際、「大人1人と未就学児1人です」とチケット売り場の若い子に言ったら、「えっと、未就学児の方は小学生ですか?中学生ですか?」と聞いてきたので、平静を装いつつ、「いえ、保育園児です」と答えながらも、内心、ぶったまげてしまいました。そういう、「未就学児」という言葉の定義を派手にぶっ壊すボケ方は大好きです。

いかにもチベットっぽい金色の仏像がいっぱい展示されていました。
僕は、まったく問題なく楽しめるのですが、ドリーム坊や(6歳)は退屈のようで、「つまらないから早く博物館に行こう」を連発します。なぜ、つまらないのかを訊いたところ、「神様しかいないからつまらない」とのことでした。さすが、6歳児。無神論どころか、何の迷いもなく、「神つまらない論」という積極説を提唱。

博物館の骨です。
僕も、「ああ、そうだったなあ」と自分の幼少期のことを思い出すのですが、こういう展示もドリーム坊や(6歳)はおもしろがらない。「つまらないから、早く動物園に行こう」を連発します。多分、つまらない理由は、現実しか見てないからだと思います。彼は、この骨の上を、肉や皮や毛が生々しく覆うマンモスを想像しない。大地を猛々しく躍動するマンモスを想起していない。

これはすごい。
僕は骨に詳しくないので、この骨が何の骨なのかはまったく分かりませんが、これほど美しく崇高なフォルムの骨がこの世に存在するなどとは想像もしておりませんでした。

動物園です。
今年が「国際ゴリラ年」だったとは知りませんでした。この僕が。
いや、というか、「年」という恣意的な単位でゴリラを語るというやり方が気に入りません。そもそも、人間ごときが「ゴリラを救おう!」というような上から目線を提示するのが間違いです。何を勘違いしているのか、救われているのは、人間の方です。

色んな動物の写真を撮ってきたので載せます。




こうして、色んな動物の写真を見てみると、つくづく、「生物の多様性」という神秘を痛感します。「なぜ、地球上に存在する生物の種は、一種ではなく、多種なのか。そもそも、それは誰の意図なのか」と。ただ、上に載せたのは、動物とか生物などという次元の存在ではありません。彼らは、本来、「言葉にそぐわない存在」です。

上野に来たタイミングがたまたま良かったのは、「ヘブンアーティスト祭り」みたいなのがやっていたことでした。パントマイムや、南京玉すだれや、創作ダンスや、ミニサーカスみたいなものが、あちこちで披露される中、抜群に衝撃を受けたのが、「ガンジスの森」というパフォーマーのこれでした。
下の写真の、右側にいる、スカルなカラス天狗っぽい人が笛を吹きながら歩き出すと、それに呼応するように、2人のでかい「影」が、不吉で、アバンギャルドで、ユーモラスな動きを、ゆらゆらとシャープに演出しながら、天狗に付いてゆく、という、無言語のウォーキングパフォーマンスです。
言葉がないということは、ピュアに感覚芸であり、全ての意味は受け手に委ねられるのですが、彼らは、この、「エヴァンゲリオン」の使徒における、不明確さとか、不安さとか、あるいは、「千と千尋の神隠し」のカオナシにおける、遣りどころのなさとか、滑稽さ、みたいなものを、相互に、螺旋状に高めているのでした。
「何はともあれ、ずっと見ていたい」みたいな呪縛に陥って、まんま、ずっと、後を追ってしまったのでありました。

*****

『一蘭』のとんこつラーメン。
見た目に違和感があるのは、僕が間違って、ネギを、青ねぎではなく、白ねぎを指定したからですが、普通に美味しいです。青ねぎにしたら、きっと、見た目も美味しそうになるはずなので、今後は気をつけますが、僕は、青ねぎよりも白ねぎの方が、ねぎねぎしていて好きなので、その辺は、元気に葛藤していきたいと思っています。


イタリアンの『カフェ・リゴレット』に行きました。
 
 10月16日(金) ねぎし@吉祥寺 
共通ゴリラほど、共通するゴリラはいません。

例えば、リンゴとバナナは「果物」という点で共通します。リンゴとボールは「丸い」という点で共通します。リンゴと血は「赤い」という点で共通します。しかし、一般的に、リンゴと天皇陛下は共通するとは言えません。もちろん、「どちらも物質である」などと強引に共通項を挙げれば、それは可能です。

一方で、共通ゴリラは、極めてストレートに、森羅万象に共通するのです。
共通ゴリラは、あらゆるものと共通します。時計とも共通し、台風とも共通し、イルカとも共通します。織田裕二とも共通し、マタタビとも共通し、テニスとも共通します。

僕は、共通ゴリラをはじめて見たとき、いままでに味わったことのない強烈な違和感を覚えました。説明が難しいです。とにかく、こう、「うわー!こいつ、全てに共通してるー!」みたいな感覚です。圧倒的な共通感です。

例えば、天野喜孝の絵を見ると、「あ!クリムトに共通してる!」と思うし、荒木飛呂彦の絵を見ると、「あ!エゴン・シーレに共通してる!」なんて思うのですが、共通ゴリラに関しては、「あ!森羅万象に共通してる!」っていう感じなので、もう、すごい感覚がカオスになってしまうんです。脳がいきなり、フワッと無重力になって、そこに膨大な量の情報が流れ込んでくるイメージです。


『ねぎし』で牛タンを食べました。

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