ポクポクライフトップへ
過去ログインデックス

 8月31日(火) カッパ@吉祥寺
気さくゴリラをご存じでしょうか。

このゴリラほど気さくなゴリラは存在しません。例えば、「今日、人身事故で電車止まってるからディズニーランド行くのやめよう」と言うと、気さくゴリラは、「あ、それなら、俺が車で連れてってやるよ」とサラリと言います。「いや、それは申し訳ないよ」と返す間もなく、気さくゴリラは車庫から車を出すのです。そして、そのことで何かしらの礼をあげようとしても、「いいよ、いいよ、そんなつもりじゃないし」と言って、笑顔で断るのです。他にも、「今日、医者に行ったら不治の病だって言われたよ」とか言おうものなら、「あ、それなら、俺が治すよ」と言って、一瞬で、不治の病を治すのです。


『カッパ』で飲みました。
 
 8月30日(月) 番屋余市@吉祥寺
「フクロウは知恵の神である」とする考え方があるでしょう。

シンボリックに博士の格好をしたフクロウの絵などがよく見掛けられるものです。では、実際はどうなのか?フクロウに「2+4は?」って問いかけたらどうなるのか?もし、本当にフクロウが知恵の神であれば、「2+4=6」であることなど、当然に分かるはずです。しかし、実際に、フクロウに「2+4は?」って問いかけたところで、フクロウはこちらを凝視するだけで何も答えないでしょう。

結局のところ、いかに科学が発達しようとも、フクロウが、「2+4=6」という数式の構造を理解しているかどうかを調べることはできそうにない。フクロウの思考はフクロウしか分からないのです。しかし、確実に言えることは、フクロウが、実際に知恵の神である可能性は高いということ。なぜなら、何となく、フクロウは何でも知ってそうだからです。根拠はないけど、何となく、フクロウは知恵の神っぽいなあ、と思うからです。

フクロウは1羽1羽がアカシックレコードのようなものであり、過去、現在、未来にわたって、この宇宙で起こる全ての現象を把握しています。なぜならば、何となく、そんな気がするからです。根拠は一切ないけど、何となく直観的にそんな気がするため、間違いなくフクロウは知恵の神です。根拠はないけど、間違いないです。根拠のなさに匹敵するほど、間違いもないです。


『番屋余市』でネギトロ丼を食べました。
 8月29日(日) 中村屋@吉祥寺 丿貫@吉祥寺
ちょっと、何となく4年前に作った「魚に負けないで」(音が鳴ります)にリンクしておきます。

*****

いまが夜であることを認識するゴリラをご存じでしょうか。

このゴリラほど、「いまが夜であること」を認識するゴリラはいません。
夜になると、ふと、「ああ、いまは夜か」と認識することがあるでしょう。特に、昼寝をして、起きた時に窓の外が真っ暗だったら、ことさら強く、「ああ、もう夜か!」と認識する。ところが、いまが夜であることを認識するゴリラの、「いまが夜であること」の認識の仕方は、そういうレベルじゃない。夜の間は常に、「いまは夜である」ということを認識し続けます。「いまが夜であること」に全神経を傾けるのです。

時間としての「夜」。空間としての「夜」。イメージとしての「夜」。「夜」をかたどる全ての要素。
それらを限界まで純化させた、100%の「夜」という現象に、全ての意識を溶かし込む。まるで、このゴリラ自身が「夜」になるかように、ゴリラは夜へ知的に一体化するのです。これは、禅僧の大御所である道元の「只管打坐(しかんたざ)」と似ています。「只管打坐」とは、「何も考えずに座禅する。ただ座禅する。ひたすらに座禅する」という意味です。

子どもの頃は、「なぜ夜がくるのか」を考えずに、ただ単に、そこにある夜を受け入れていたのを思い出します。みなさんも、たまには夜空を見上げ、「いまが夜であること」をひたすら認識してみてはいかがでしょうか。この世界には夜があるのですから。


『中村屋』で醤油ラーメンを食べました。


吉祥寺の居酒屋を語る上で避けて通れないのが、野口伊織という故人なのですが、彼は吉祥寺が街として黎明期だった頃にJAZZをもたらし、ある面において「吉祥寺らしさ」の先駆けとなるような居酒屋をたくさんオープンさせました。

「伊織系」という言葉をいま勝手に作りましたが、『丿貫(へちかん)』もその流れを汲む居酒屋のひとつです。
 
「伊織系」の特徴は、旨いけど高い。
 
言い換えると、高いけど旨い。
 
この↓焼き魚とひきわり納豆を組み合わせたやつ、めちゃくちゃ旨い。
ブルーチーズは死のにおい。
 
 8月28日(土) 河本@木場 魚三@門前仲町
これは「かぐや姫殺害装置」という残酷な器具です。
 
かつての日本では、かぐや姫が大量発生して農作物を荒らすという由々しき事態におちいったことがあったのですが、その際に、かぐや姫を処分するために作られた道具がこれです。
スタンバイ。
かぐや姫の血液は無色透明。

地元のお祭りです。ナポリタン専門店の『パンチョ』のナポリタン。
 
しらすと野菜の冷や汁。
リアリティーのあるマンゴーかき氷。

Web冷え汁」修ちゃんの案内で衝撃の居酒屋に行きましたが、もう、この写真だけで大部分が伝わると思うけど、これはすごい。ここまで、箱だけで見てすぐに名店だと分かる店もない。
厨房を一人で切り盛りしているおばあちゃんに、たけし君が年齢を聞いたら、「わたし?来年20歳なのよ」って言ってたからさらにすごい。
すさまじくシンプルなつまみの数々。
 
「聖地」としか言いようがないお店でした。

『魚三』に来ました。
 

最近のプリクラ、めちゃくちゃ目が強調されるようになってる。
というか、3人とも30代です。
 8月27日(金) いせや@吉祥寺
「方向性」という概念をとことん追求しました。

クリックするとバカ音声のページ
*****

『いせや』で飲みました。
 
 8月26日(木) 珍々亭@武蔵境 丸幸@武蔵境
今日は、「僕が思う、最も鳥の巣に近い髪型(鳥の巣ヘッド)の人」を発表したいと思います。

3位は茂木健一郎です。

3位 茂木健一郎
茂木健一郎は、言語を使って、脳で考えた脳についての話をしていますが、素人ながら、僕には、脳が言語だけで説明しきれるものだとは到底思えません。そもそも、脳のことを脳で考える限り、解釈がお手盛りになる可能性があります。脳はしゃべらない。できるならば、「説明」に還元できなくとも、言語化以外の方法で脳を掘り下げるべきだと僕は思っています。例えば、キュウリを使って脳を掘り下げるべきだと思います。


2位は、やはり、葉加瀬太郎です。

2位 葉加瀬太郎
言わずと知れた葉加瀬太郎の「エトピリカ」(YouTube)は、メロディーがあまりにも美しすぎなので腹が立ってきますが、そもそもエトピリカとは海鳥ですから、葉加瀬太郎は頭上でエトピリカを飼うべきです。


1位はサイババ以外にありえません。

1位 サイババ
このボリューム感は、サイババが鳥の巣の生まれ変わりであることを証明しています。


『珍々亭』で並ネギ玉子黄身のみを食べました。

久々の『丸幸』。
 
刻みタマネギが入った「八王子系ラーメン」です。ちゃんとスープ取ってチャーシュー入って、値段が390円ってのは、ちょっと考えられない価格設定だと思います。
 8月25日(水)
喉ビブラートを掛けると、まるで自分の喉が何かの生物のようにピクピクしている。

動画【喉ビブラートの時に喉がピクピクする】
 8月24日(火) 中村屋@吉祥寺
二度見するとゴリラをご存じでしょうか。

あなたが、街をぼんやり歩いていると、突然、聖徳太子とすれ違う。
すると、一度は「ああ、聖徳太子か」と納得してその瞬間をやり過ごすでしょう。でも、よく考えると、「えぇ?聖徳太子!?」ってなる。そして、確認するために、あなたはもう一度、聖徳太子の方を向く。ところが、そこにはもう聖徳太子はいない。そこにいるのはゴリラなのです。これが、二度見するとゴリラです。つまり、二度見するとゴリラは、一回目に見た時は聖徳太子なのに、二回目に見た時はゴリラなのです。

たいていの場合、彼を一度目に見た際には、聖徳太子であることが多いです。85%くらいは聖徳太子であると思っていい。しかし、10%くらいは、宮本亜門の時もあります。残りの5%は、松屋の社長です。なぜ、聖徳太子の時や、宮本亜門の時や、松屋の社長の時があるのかを研究したのですが、このゴリラは、「二度見されたい」という気持ちの強さによって、一度見た時の人物を変えているようです。聖徳太子であれば、二度見される確率は高いですから、このゴリラが強く「二度見されたい」と思っている時だと思います。宮本亜門は、聖徳太子ほど目立つ存在ではありませんが、知る人は知っているし、一般人よりは二度見される確率が高い。松屋の社長については、二度見される可能性は著しく低いでしょう。なぜなら、松屋の社長がどんな顔をしているか知っている人は極めて少ないからです。


『中村屋』でラー油だしかけを食べました。
 8月23日(月) 茶の愉@吉祥寺
あの鐘を鳴らすのはゴリラをご存じでしょうか。

あの鐘を鳴らすのはゴリラほど、あの鐘を鳴らすゴリラはいません。
さて、まず、何より先に「あの鐘とはどの鐘のことか?」という疑問が生じます。ここで、みなさんに想像していただきたい。何でもいいから鐘を想像してください。実際に、みなさんの家の近くにあるお寺の鐘でもいいし、実在しない架空の鐘でもいいです。何なら、プロレスのゴングとかでもいいです。想像しましたか?それです。その鐘です。その鐘が、あの鐘を鳴らすのはゴリラが鳴らす鐘です。

では、ここでもうひとつ想像してもらいたい。
いまみなさんが想像した鐘を鳴らしているゴリラの姿を想像してもらえますか。想像しましたか?それです。それが、あの鐘を鳴らすのはゴリラです。

つまり、このゴリラはみなさんの想像の中に存在しているのです。


『茶の愉』のご飯。
 
色々、すごい凝ってる。
 8月20(金)〜22日(日)
北海道に帰った日記。

いまだに実家の僕の部屋に貼ってある20年前の集英社の賞状です。平成2年ってのがすごい。
むかし、僕は、ジャンプ放送局とかラジオとかにネタを書いて送ったりしてたわけですが、採用された中で、一番おおげさだったのが、毎年、開催されて何万人もの読者が投稿してくる「キャッチフレーズ・グランプリ」です。
14歳の僕は、この「脳なし 負けなし ろくでなし」っていう「ろくでなしブルース」のキャッチフレーズで準グランプリを獲って、ひたすら喜んだのでした。いつも読んでるジャンプの巻頭に、カラーで自分が考えたキャッチフレーズが載ってるんだから、そんなもんビックリする。

これ、賞を取ると、そのキャッチフレーズに合わせたイラストを、その漫画を描いてる漫画家が描いてくれて、でっかいポスターになって都内の駅とかに貼り出される。この場合、森田まさのりが描いてくれたんだけど、それが、これでした。
なおかつ、この絵は、そのまんま「ろくでなしブルース」の14巻の表紙になってた。なおかつ、マウンテンバイクもらいました。で、「ろくでなしブルース」って舞台が吉祥寺なんだけど、まさか、将来、自分が吉祥寺に住むことになるとか思ってなかった。

その後も、毎年、ジャンプのキャッチフレーズに応募してました。何で当選したのか分からない努力賞で、スーパーファミコンとドラクエ5のセットが当たったことがあった。

19歳の時に、イラスト賞を獲ってジャンプの紙面に載ったのがこれです。
「なにわ小吉」の「王様はロバ〜はったり帝国の逆襲〜」のキャッチフレーズ「おしいけど ちょっとちがうな…」。
すでにキャッチフレーズじゃない。


あと、平成2年つながりで言うと、これは、僕のばあちゃんが米寿(88歳)の時に、僕に書いてくれた色紙です。
ばあちゃんは平成2年で88歳だったから、いまは死んでます。100歳近くまで生きてました。いま生きていれば108歳ですが、特に、行方不明にもなってないです。

これをもらった14歳の僕は、何が書いてあるのか意味がよく分かってなかったけど、いまならよく分かります。そして、色々間違ってることもよく分かります。
 8月19日(木) 大心@台場 一幸舎@台場 かつ玄@羽田空港
飛行機の出発の時間が朝早いので、色々面倒くさいから北海道へ帰る前の日に空港に泊まる、っていうのをよくやっています。

今回泊まったのが、たまたま窓の外にANAの飛行機がズラリと並んでるのが見える部屋でした。飛行機だらけの風景を見ながらビールってだけでも、ありそうでなさそうなおもしろさが溢れるところに、さらに、たまたま、テレビの「ルビコンの決断」がANAの創業だったので、たまたま過ぎるのも大概にしろ、みたいなことになってた。
左を見ればANAの本物の飛行機があり(現在)、正面を見ればそのANAの飛行機が生まれた経緯を説明するテレビ番組(過去)、そして、明日には、まさにANAの飛行機で北海道へ帰る(未来)、という、全てがANAに支配された状況。まさに、ANAがあったら入り…、いや、これは止めます。文脈を無視した、ノリだけの発言になるので止めます。

昼間はお台場で遊びました。
ソニーの科学館みたいなところもワンフロアしかないけど、充分、楽しかったです。自分の色彩の構成をスキャンしてくれるカラーマップカード。


これを全裸の松崎しげるがやると真っ黒になります。

「メディアージュ」のトイレは、並びっぷりが圧巻です。
高速道路のサービスエリアのトイレもすごい並んでるけど、インパクトがそういうレベルじゃない。
いままで僕が見たトイレで一番並んでると思う。思わず、分身の術を使おうかと思いました。

「魔法使いの弟子」。
 

札幌から来た『大心』の味噌ラーメン。
『すみれ』っぽくない、ものすごく普通に札幌札幌した味噌ラーメン。

博多の『一幸舎』のラーメン。粘度高い。

白熊の本家『天文館むじゃき』の氷。
この、色彩とかの統一感のなさだけで見たら、正直マズそうとしか思ってなかったのに、めちゃくちゃ旨い。

『かつ玄』の羽田空港店。
 8月18日(水) ホープ軒@吉祥寺
シルバーバックに憧れています。

クリックするとシルバーバックに憧れます
*****

今日の「いいとも」で、「生放送で緊張しない方法は何ですか?」というAKB48のメンバーの質問に、「ないね。そんなものはない。むしろ、緊張する仕事をもらえてることをありがたいと思いなさい」と、タモリっぽく答えたタモリを目の当たりにして、「ああ、タモリは、やはりタモリだ」と驚嘆しました。

さて、タモリとは何なのか。僕が思うに、おそらく、タモリは個人ではない。

例えば、マンションには、専有部分と共有部分があるでしょう。
自分が住む空間が専有部分、そして、みんなで使うエレベーターだとか廊下だとかロビーだとか、そういうのが共有部分です。タモリとは、僕らにとって、その共有部分みたいなものではないか。専有部分は「個」として独立している。しかし、共有部分は「個」には属さず、あくまでも共有される。

見た目としてのタモリは、まるでひとりの人間のように見えるが、それは便宜的にタモリを仮の物象として映し出しているに過ぎず、タモリの実体は、共有される観念なのではないか。タモリは、どこにも帰属することのない、共有されることだけを前提に存在する概念なのではないか。

いわば、タモリは僕らの思念の鏡像だと言って良い。
とすれば、「コギト・エルゴ・スム」は、タモリに及ぶことはない。タモリは主体的な意志を持った個ではない、「我思わない存在」だからです。あ、そうそう。ちょっとだけ話は変わりますが、少しの間、北海道に帰ります。


『ホープ軒』で中華そばの半麺、かため、にんにくS、生卵を食べました。
 8月17日(火) 中村屋@吉祥寺
ちょっと、この写真をじっくり見てて思ったんですけど。
「持つ」という選択肢もありだな、と思ったので、画像を加工してみました。
*****

『中村屋』で醤油ラーメンを食べました。
 8月16日(月)
ドリーム坊や(7歳)語録:「(%という記号を見て)ゼロ月ゼロ日ってあるの?」

*****

結構がんばるゴリラほど、結構がんばるゴリラはいません。

確かに、結構がんばるゴリラよりも、がんばる人はたくさん存在しています。
かといって、結構がんばるゴリラだって、結構がんばります。確かに、要領がいい人は、結構がんばるゴリラのがんばりの半分のがんばりで、目標を達成することができるというようなこともあります。なおかつ、全然がんばらなくても、死ぬほどがんばる人を天賦の才能だけで凌駕するというケースだってあります。極端な例になるかもしれませんが、世界には、映像記憶で、見た風景を一瞬で記憶し、後は何も見なくても、細部にわたって精緻な絵として描き上げるという人だっています。残念ながら、そのような才能は、努力で補うにしてはあまりにも現実的ではないと言えます。

かといって、結構がんばるゴリラよりも、がんばってない人だってたくさんいるのです。全然がんばらないよりは、結構がんばった方が成果が上がるのは当たり前の話です。がんばってもがんばらなくても結果が同じなら、誰だってがんばらない。だからこそ、結構がんばるゴリラは、結構がんばるのです。


先月、「行列のしすぎで閉店」という前代未聞のギャグを披露した『六厘舎』の取り寄せつけめんを食べました。これ、注文しても人気がありすぎて、届くのが2、3週間後とかになる。ラーメンとかは、ストレートスープじゃないと取り寄せる意味がないのでストレートスープです。
 
取り寄せたのは2回目ですが、前回食べたときは、「普通の流行りのつけ麺」という印象しか持たなかったので、今回は、それが本当に正しかったのかを確認するために食べました。感想は、「普通の流行りのつけ麺」ですが、あちこちに、似たようなつけ麺屋が開店しだしたのは、確実に『六厘舎』の影響だろうし、意義的にはすごくでかいものを持っている店だとは思います。

ただ、どこでつけ麺食っても、たいてい『六厘舎』っぽい、というアレは、中野の『青葉』が流行ったときに、どこでラーメン食っても、たいてい『青葉』っぽい、という現象に通じているものだと思います。

このページのトップへ