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 4月30日(金) そう惣@三鷹 くろ◯@三鷹 ホープ軒@吉祥寺
予想ゴリラが予想を外すことはありえません。

例えば、予想ゴリラは「1月の次は2月が来るだろう」とか「雨が降ってもいつか晴れるだろう」とか「1分は60秒で終了するだろう」というような予想をしますが、これらの予想が外れたことはありません。仮に、予想が外れた場合でも、過去に遡って予想を訂正するので、結果的に外れる予想はない。

例えば、「朝青龍が庭師になる」というのは、予想ゴリラの予想を大きく上回りました。朝青龍が引退したとき、誰が、その後庭師になると予想したでしょうか。予想ゴリラでさえ、そんな予想はしていなかったのですから、これは、すごい事態です。もちろん、これを受けて、予想ゴリラは、過去に遡って、「朝青龍は引退後庭師になるだろう」と予想を訂正しました。


和食の『そう惣』→『くろ◯』という流れで飲みました。
 


今日のマユモー語録(マユモーを知らない人のためのリンクはこちら)。

マユモー「わたし、この穴大好き」
そうなんだ。

マユモー「こんな歯じゃプランクトンしか食べられないじゃん」
何かが根本的に違う。

春野菜の天ぷらの中にこれ↓があった。
僕「これゼンマイだよな」
マユモー「コゴミだっての」
僕「じゃあ、店の人に聞いてみよう」

という流れ。

僕「(店員に)すみません。これは何の天ぷらですか?」

マユモー「この賭けには賭けがかかってるんです」

店員「コゴミです」

失礼いたしました。


あと、マユモーは全然僕のサイトとか見ないので、去年やったライブの「ワンダーボーイ」の動画を携帯で見せました。

マユモー「この歌、なんのとりえもない歌だね」

これが一番笑った。


ひとりで『ホープ軒』で〆ました。
 
 4月29日(木) 恭楽亭@三鷹
それはそれ。これはこれ。として、歌ってみました。

そりゃあ、スピッツでもサザンでも宇多田ヒカルでもだいたいのものはこの曲で歌えますし、相互に逆だってできる。
金の成るコード進行「C→G→Am→Em→F→C→F→G」自体は、もう、世界的財産だと思ってますからね。古くはパッフェルベルのカノンから続くこの黄金率は無形の世界遺産に登録すべきですから。

*****

『恭楽亭』で焼き肉を食べました。


 
 4月28日(水)
下手をすると、1歳児が、犬を見て「ワンワン!」と言ったり、猫を見て「ニャンニャン!」と言ったりするのは、ドラマや漫画の世界の話だと思っている人も少なくないのではないかと思います。だけど、現実に言いますからね。1歳児が犬を見て「ワンワン!」と言うのは、フィクションじゃない。

彼らは、自分の知識と対象が一致すると、単純にそれを名詞として発話するのが、当面の目的になっている。彼らは興味と発話の関係に嘘がない。一方で、「あ、そうそう、あれはワンワンだね。おっきいね」という僕の発言を求め、確認しているようにも見える。

彼らは自分の将来において、コミュニケーションがより複雑化することを想像だにしていない。
単純な確認をひたすら繰り返す。おそらく、それは確認が自信に変わるまで繰り返されるのだと思う。だから、彼らと関わると、人間の本能的なコミュニケーション欲の原型がハッキリと見えてくるような気がするのです。

僕が持っている最も古い記憶は3歳の時のものです。
もちろん、それが3歳の時だったと知ったのは、後で、その記憶を親に言ってから知ったものです。3歳の僕が年齢という概念を知る由もございません。

伯父が入院して、お見舞いに行った時、病院で、透明な棒状の筒にいっぱいアメが詰まったお菓子を買ってもらって、すごくうれしかったことを覚えています。「病気」とか「入院」とか「お見舞い」という概念をまだ知らない自分でありながらも、言い換えれば、「意味」の外側にいながらも、病院の風景と廊下を走る4つ上の兄を追い回す自分の記憶は、映像として、いまでも鮮明に残っている。

僕は、はじめて「掃除機のコードしゅっぽん」がおもしろいと思ったのが、いつだったか記憶がない。物心ついた時にはすでにおもしろかったような気がする。例えば、小学生くらいの時にはじめて「掃除機のコードしゅっぽん」がおもしろいと思えば、それが記憶に残る可能性はあるかもしれませんが、ドッペルゲンガール(1歳)だと記憶が残るのは難しい気がします。ので、証拠の動画を撮りました。

動画:1歳児が「掃除機のコードしゅっぽん」の楽しさに気がついた瞬間
逆に言うと、1歳児でさえ楽しませる「掃除機のコードしゅっぽん」のおもしろさは尋常ではないエネルギーを持っているということです。これね、完全におもちゃに勝ってるから。圧勝してるから。特に、掃除機メーカーにとってこれは重要なポイントです。「いかにゴミが取れるか」とか「いかに静かに作動するか」とかだけに思考を捕らわれるのではなく、よりおもしろい「掃除機のコードしゅっぽん」を追求していただきたい。「ピョロピョロ〜」とか変な音が鳴ったりね。「この度、わが社が造った掃除機のコードしゅっぽんは従来の2倍おもしろい(当社比)」みたいなことになれば、世界の平和は数ミリ程度伸びるはずです。
 4月27日(火) セロリの花@吉祥寺
これは地域によっては普通のことなのかもしれませんが、僕ははじめて見たので驚きました。

このセブンイレブンの違和感。何かが足りない。
ゴミ箱です。ここにはゴミ箱がないのです。

そして、あろうことか、店内にゴミ箱がありました。
家庭のゴミを捨てられないようにする工夫とかなんだと思うけど、こんな逆転の発想をやってのけるとは。

*****

慣れてないものを食べたいと思って『セロリの花』で「トマトスープ麺」を食べました。
トマトのラーメンです。このラーメンは、「ラーメンにトマトはないわ」と思っている人にとっては、ないです。僕も、ない側です。おもしろいラーメンではありましたが、多分、リピートはしない。
 4月26日(月) ラーメン郎@吉祥寺
仏陀はゴリラワールドにかなり近づいた存在だったとにらんでいます。

ゴリラワールドには人間と永遠に関わることのないゴリラも存在しますが、逆に、深く人間と関わるゴリラもいます。その最たるものが、「生みゴリラ」「老いゴリラ」「病みゴリラ」の3兄弟です。

そもそも、生命をこの世に誕生させているのは三男の「生みゴリラ」の作用なのです。
受精卵が云々みたいな話は、「生みゴリラ」の存在が前提になっている。「生みゴリラ」が存在しなければ、この世界に生命など存在しない。

そして、「生みゴリラ」によって生まれた人間は、長男の「老いゴリラ」の作用によって、生まれた瞬間から老いていきます。「老いゴリラ」は、人を老いさせることによって自らの存在を維持するのです。次男の「病みゴリラ」は、人間から健康を奪い、その存在を維持しています。

本来、人間は死なないものでした。
生まれた後は、「老いゴリラ」の作用によって精神と肉体がボロボロになるまで永遠に老い続け、「病みゴリラ」の作用によって病み続け、永遠に苦痛の中で生きてゆく存在だったのです。

死ぬことができない人間たちは、ゴリラワールドに「救いの懇願」の思念を送りました。その思念は、「ゴリラ素」をまとい、新たなゴリラを生んだ。それが、全ての生命に死を与えることができる「デスゴリラ」です。そこで初めて、この世界に「死」という概念が生まれた。同時に、僕たちは永遠の命を失ったのです。もし、「デスゴリラ」が消滅したら、僕たちは、永遠に老い、永遠に病み続ける。「死」は難しい問題です。しかし、「死」を意味づけるのは社会(人間)に過ぎないという事実を超えることはできない。事実、死の解釈は、国(社会)単位で違うものです。全てはゴリラによる現象でしかない。

仏陀はこの事実を知っていた数少ない人物のひとりです。
仏陀は、「死」を含めて、「生老病死」は全てが苦しみだと説いてしまいましたが、彼は、この4頭のゴリラにまつわる経緯を全てひっくるめて、悲劇のようなものだと考えたのです。

*****

慣れてないものを食べたいと思って『ラーメン郎』で「らぁ麺ロッソ」を食べました。
冷たいトマトのラーメンです。これでまさかの1,200円。めちゃくちゃいっぱいトマトを使っているようです。このラーメンは、「ラーメンにトマトはないわ」と思っている人にとっては、ないです。僕も、ない側です。おもしろいラーメンではありましたが、多分、リピートはしない。
 4月25日(日) 珍来亭@吉祥寺
「たま」の「おもしろ狂気」みたいなのを超えてる人ってまだいないですよね。

僕は、アルバムだと「さんだる」「ひるね」「きゃべつ」くらいまでしか聴いてないですが、高校時代のヘビーローテーションっぷりは、他のCDとは比べものにはならないほど聴いていたように思います。さっき、ユーチューブで色々聴き直していたら、「オゾンのダンス」は本当にヤバいですね。あと、「マリンバ」っていう歌とか、「君の骨でマリンバ!」っていう歌詞ではじまりますからね。ビックリしますよね、突然、「君の骨でマリンバ!」なんて言われたら。もし、国会で鳩山由紀夫の第一声が「君の骨でマリンバ!」だったらビックリするでしょう?

自分なりに知久寿焼のレベル指標をまとめてみました。
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『珍来亭』の昔ながらのラーメンは一杯500円。
キリンレモンとか飲んじゃいました。
 4月24日(土) 珍々亭@武蔵境 ハモニカ・クイナ@吉祥寺
ソニックブームの画像検索結果は楽しい

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「ゴッペルカンの村」ってのを書いたので朗読しました。
ゴッペルカンの村(MP3)
クッペルカンのふもとに生まれた小熊のマッペルカンは、ある村に降って湧いた。

その村の名は、ゴッペルカンといった。
ゴッペルカンの村人は、みな、小熊を飼いならす。

そして、成獣になった熊を殺し、その肉を馬肉と偽って、村に訪れた客人にふるまうのである。もし、馬肉と偽らなければ、魔神ロッペルカンの怒りを買い、村人は命を奪われる。

馬肉と偽れば、聖なる神シッペルカンの加護により、村に大量の小熊が降って湧くのである。

クッペルカン
マッペルカン
ゴッペルカン
ロッペルカン
シッペルカン

の最初の文字を縦読みすることにより、この世界の全貌が明らかになるのであった。


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久々の『珍々亭』です。相変わらず並んでる。
 

『ハモニカ・クイナ』のタコライス。
僕、タコライス、わりと好きだと思う。
 4月23日(金) ホープ軒@吉祥寺
盗んだバイクで走り出すゴリラのことはご存じのことだと思います。

しかし、このゴリラが盗んだバイクで走り出した後、最終的にどこに到達するかを知る人はあまりいないのではないでしょうか。このゴリラの最終的は行き先については、長年、膨大な研究がされてきたのにも関わらず、ずっと明らかにはなってませんでしたが、今回、僕は盗んだバイクで走り出すゴリラを実際に追跡することによって、その答えを得ることができました。

驚いたことに、盗んだバイクで走り出すゴリラは、桃の木がある場所まで、バイクを走らせたあと、バイクに乗ったまま桃の実になり、桃の木に生ったのです。

つまり、この世界に存在する桃の実は、全て盗んだバイクで走り出すゴリラのなれの果てということになります。盗んだバイクの数だけ桃の実が実るのです。

今度、機会があれば、誰にも縛られたくないゴリラについても紹介したいと思います。

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「多摩六都科学館ニュース」を見て、最近、行ったばかりなのに、また行きたい欲が再燃しております。

「コウモリ相談コーナー」とか素晴らしいと思う。
「動物相談コーナー」とかじゃなくてコウモリ限定。どんな隙間産業だよ。「コウモリに関する質問に専門家がお答えします。」と来た。

そんなもん、コウモリ大好きなコウモリ専門家に質問したいことなんて山ほどあるでしょう。
コウモリに関する質問

 ■コウモリとイルカは超音波で会話しますか?


 ■コウモリとタモリはどっちが強いですか?


 ■コウモリが吸った血を人に輸血するとどうなりますか?


 ■結局、コウモリは哺乳類じゃなくて鳥類ですよね?


 ■バットマンってかっこ良いですよね?


 ■好きな食べ物は何ですか?



 ■コウモリ好きなあなたにとって「人生」を一言で言うと?


いや、しないけど。

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色々飲んで『ホープ軒』で〆ました。
ベロンベロン。
 4月22日(木) まるけん食堂@吉祥寺
諸説ゴリラをご存じでしょうか。

諸説ゴリラほど、諸説あるゴリラはいません。
ある説では、「諸説ゴリラの正体はヌエだ」とか、ある説では、「諸説ゴリラはテレフォン・ショッキングという企画を生み出したプロデューサーだ」とか、ある説では、「諸説ゴリラは瀬戸内寂聴を出家するよう説得した張本人だ」とか、とにかく、諸説あるゴリラです。その諸説の数は、5兆を下らないと言われています。毎年、このゴリラに対して、3個〜5個くらいの説が追加されています。

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「孤独のグルメ」という漫画があるのですが、この漫画が他のグルメ漫画と違うのは、「その辺の定食屋で普通のものを普通に食う」という点にスポットを当てているところです。

そして、「孤独のグルメ」に出てきそうなお店が、地元にこれでもかと根づいている大衆食堂の『まるけん』です。だいたい、原作者は吉祥寺に住んでるんだから、ホントに出てきてもおかしくないと思います。腰の曲がった小さなおばあさんの仕事っぷりを見るだけでもここに来る価値はあると思います。
 
この、あまりにも普通の大衆食堂で食べる、あまりにも普通の食べ物の旨さが異常なので、あまりにも普通の食事の経過を、あまりにも普通にレポートしてみたいと思います。
目玉焼きが170円で、ハムエッグが160円。「普通は逆だろ」となるこの現象のトリックは、目玉焼きだとタマゴが2つで、ハムエッグだとタマゴがひとつ、というだけの話。注文したのは、ビールの大瓶に、納豆とハムエッグの定食。

納豆とハムエッグの定食
まず、普通に納豆を混ぜ、普通にご飯の上に載せます。
 
ここで、納豆をご飯とゴチャ混ぜにして食べるか、混ぜずに載せたまま食べるか、の選択肢が提示されますが、ここは、後のハムエッグのために混ぜません。

納豆で半分ご飯を食べた後、味噌汁を口に含み、漬物と一緒に、ひとくちご飯を食べます。次に、ハムエッグをご飯の上に載せる。
 
黄身を溶かし、その半熟っぷりと色彩を確認します。良いとろけっぷり。
醤油を垂らします。
こういうのは、できるだけ下品に混ぜて食べるのが良いと僕は思います。
白身と黄身とハムと醤油とご飯がバランスよく均等になるイメージを崩さず、時には、味噌汁を口に含み、食べ進める。旨い。


ちなみに、文庫本の「孤独のグルメ」の204ページに誤字を見つけたので、嬉々として報告します。
 
かおわり。こう、オノで顔をドスーン!と。
 4月21日(水)
今週は、僕の中でゴリラウィークです。

少なくとも、金曜日まではゴリラの話しかしません。というより、そもそも、ゴリラの話より重要な話など存在しないのですから。

基本的に、ゴリラワールドには次元という概念が通用しない。
ゴリラワールドは、流動的に無次元にもなるし多次元にもなるからです。人間の世界では、何をするにも、「時間」と「空間」というふたつの軸が前提になっていますが、ゴリラワールドには、「時間」や「空間」を使わないゴリラも多数存在しています。

むしろ、単純な「時間」とか「空間」とは別に、もっと複雑な「网間」とか「黌間」とか「鬯間」とか「艸間」というような、人間には関わることができない軸も無数に存在しています。もちろん、中には、一切の軸を使用しない「無」のゴリラも存在しています。彼らは自由に軸を選択することができるのです。つまり、ゴリラワールドのゴリラが、たまたま、「時間」や「空間」を使う場合に、僕たちが彼らを感じることができる場合がある、というだけの話なのです。

忘れてはならないことは、「ゴリラは決して神聖な存在ではない」ということです。
多くのゴリラは、人間に無関心です。救いもしなければ、罰も与えない。ゴリラはそれぞれの作用のもとに存在しているだけなのです。「ゴリラは現象である」と捉えて差し支えございません。
 4月20日(火) 春木屋@吉祥寺
神をご存じでしょうか。

このゴリラは様々な形態で、世界中の人類の「心の中」に散在しています。地域によって、形態の方法は様々であり、このゴリラは一頭しか存在しないと考える立場や、このゴリラは複数存在すると考える立場があります。

時には、このゴリラの扱いを巡って、人類は戦争を起こすこともあり、特に、このゴリラが政治と結びついていた時代の人類にとって、いかにその存在が大きなものであったかを物語っています。

しかし、ゴリラワールドにおいて、神の多くは第1876級前後の低級ゴリラとして扱われているため、地球では絶大な影響力を持つ神であっても、ゴリラワールドに影響を与えることは事実上ありません。

ちなみに、配達を極めた存在である配りゴリラの等級は第487級で、森羅万象を創生することができるはじまりゴリラの等級は第15級です。


『春木屋』で中華そばにネギをトッピングし、豚焼肉ごはんを付けました。
 4月19日(月)
聴きゴリラをご存知でしょうか。

聴きゴリラほど、聞き上手なゴリラは存在しません。
聴きゴリラと会った者は、いかに、普段、寡黙であろうとも、死ぬほどしゃべり出します。「このゴリラなら何でも話せる。いや、話さなければならない」という、不可解な感覚が生じ、気がつけば、飲まず食わず、5日間連続で聴きゴリラに話をしていた、という事態になるほど、聴きゴリラの傾聴力は尋常ではないのです。聴きゴリラは、「話を無限に聞く能力」の持ち主です。

タモリや黒柳哲子は、自分からアプローチをかけて、相手から話を引き出し、聞き役に回ろうとしますが、聴きゴリラは、その存在そのもので、他人から話を引き出し聞き役に徹するのです。

ゆえに、「話を無限に聞く能力」を持つ聴きゴリラに、「無限に話す能力」を持つ話しゴリラを会わせるのはタブーです。万が一、それが実現してしまったら、話しゴリラは、永遠に聴きゴリラに話をするし、聴きゴリラは、永遠に話しゴリラの話を聞きます。そこで発生する、「話し手と聞き手」という関係が放つ「終りなきエネルギー」は、直に、世界を侵食する。宇宙は、あらゆる物理の均衡を放棄し、話しゴリラの話し声に侵食され、音声化します。そして、音声だけの宇宙が誕生してしまう。

「今日、チュッパチャップス舐めたよ」という、話しゴリラの音声によって、宇宙が音声化する。

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今日のドリーム坊や(6歳)の発明品は「小人を捕まえるためのワナ」です。

小人を捕まえるためのワナ
ビニールテープの内側にご飯をセットして小人を捕獲するというもの。もし、小人が実在するとしても、食い逃げ必至です。何がすごいかって、これで、本当に小人を捕まえられると思っているのがすごいです。何という一方的な世界観。
 4月18日(日) 尾張屋@吉祥寺 田舎(でんじゃ)@三鷹
そういや、うれしい時にうたう歌や悲しい時にうたう歌はあるのに、皆目見当がつかない時にうたう歌はないや。

皆目見当がつかない時に、うたう歌がないと、何をしていいのか皆目見当がつかなくなるので、作りました。本当は、吉祥寺をぶらついてたら歌詞ごと思いつきました。
皆目見当つかない時にうたう歌(MP3)
作詞・作曲・うた:ポックリボーイ
皆目 見当 つかなくて
結局 銭湯 着かなくて

皆 目 金 土 日 月 皆 目

材木 演目 鯛も食う


これで、皆目見当つかないときにうたう歌がなくて困る心配もないです。
ただ、皆目見当がつかない時に、歌をうたわないとならない理由がどこにあるのか、皆目見当がつかない。だから、そういう時にうたえばいい。なんせ、色んなもん引っくるめて、うたえばいいと思います。この世は、うたえば何とかなるように出来てるもんで。

*****

成蹊大学の向かいにある蕎麦屋の『尾張屋』に行きました。中井貴一が成蹊大生だった時にけっこう来ていたお店だそうです。
 
中華そばを食べました。めちゃくちゃ蕎麦屋のラーメンです。想像以上に蕎麦屋のラーメンで、期待を大きく上まわる旨さでした。スープというか、つゆが熱いです。その辺のラーメン屋より熱いかもしれない。

*****

のっぴきならない空間美を誇る『田舎(でんじゃ)』に行きました。
 
べらぼうにのっぴきならず、のっぴきようがないです。どうやったら、のっぴけるのかが分からない。
 
そもそも、のっぴきならないの意味がよく分からないのが、のっぴきなりませんので、いま、生まれて初めて、マジマジと「のっぴきならない」の意味を辞書検索したところです。
  
牧場の羊が「100匹足りない」となれば、あるいは、経理の方法がよく分からなくて、「差っ引きできない」となれば、あるいは、味が苦手で「しょっつる飲めない」となれば、それらは全て、「のっぴきならない」に通じているはずです。
 4月17日(土) みんみん@吉祥寺
これはひどい。寒の戻りすぎで春雪。
桜と雪が同じ空間に存在するという天気による渾身のボケ。いまや、天気でさえ芸人化してる。
 
「いやー、桜が散ってるかと思ったら雪だったよ」ってのが平気で通用しますからね。

この状態で俳句作るとしたら、季語どうすんだよ。桜と雪で季ずれせざるを得ないじゃないですか。
現に春と冬がごっちゃになってるんだからさ。おそらく、俳句の達人とかが、雪を何かに喩えて言うとかして、ドカーン!とカセを超えるんでしょうね。言葉との格闘。

今日、公開の「アリス・イン・ワンダーランド(3D上映)」を観に行きました。
初日だから込むと思って、9時30分に整理券をもらいにいって10時45分の回を取ったんだけど、整理券がなくても全然余裕で座れる感じでした。
 
白の女王がhydeに似ていて、そこに一番気を取られました。
 
「hyde」と「白の女王」

餃子が人気の『みんみん』に行きました。
 
モイモイとした食感の餃子です。
 4月16日(金) 大衆@吉祥寺 おふくろ屋台@吉祥寺 三百宴や@吉祥寺 ホープ軒@吉祥寺
当然ゴリラのことは、当然ご存知ですよね。

当然ゴリラを知らない者など当然いません。
この世界には、当然であることが多々ありますが、その全ての当然を司っているのが当然ゴリラです。例えば、命あるものはいつか、当然、死にます。例えば、空に水(雲)がなければ、当然、雨は降りません。

本来、これらの当然は、何ら当然ではなかったのですが、これらを当然化したのが、当然ゴリラです。当然ゴリラと類似するゴリラとしては、必然ゴリラや運命ゴリラなどがいます。当然ゴリラと、必然ゴリラと、運命ゴリラは基本的に色が違うだけです。それぞれ、紫、赤紫、青紫です。


吉祥寺美術館の「棟方志功展」に行きました。
吉祥寺美術館の欠点は、「展示スペースが狭い」というところなのですが、それを上回る長所は、「入場料が100円」という点です。ジュースみたいな値段だから、ジュースを飲む感覚でフラッと入れるのが素晴らしい。下手すると5分で見終わるけど、逆に言うと、5分で見られる。お手軽インスピレーション。

久々に「ハモニカ横丁」の名店『大衆』に来ました。
 
入った時と帰るときに、店主が派手にタイコを鳴らすのがシュールでおもしろいです。それが見たいから、また行くと思う。レバ刺し美味しい。
 

2軒目は、同じく「ハモニカ横丁」の『おふくろ屋台一丁目一番地』。これも久しぶり。
 
建物は、相当、年季が入っています。

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何でだよ。

金曜日の夜だけあって、この後、2軒くらい店を探したけど、満席だった。
 
なのに、『三百宴や』の閑散さ。安くて、めちゃくちゃボリュームがあるし潰れないでほしい。
いくら飲んでも減らないコーンスープも300円。いくら飲んでも減らないから指を入れて、「減ろ!」という念を送り込みました。

『ホープ軒』で〆るという伝統的手法。

エネルギーが爆発するキフオ君のノート。
 
自由。
 
ポックリボーイ風『振り子神』まで描かれていた。
まさか、僕の知らないところで、僕風の絵が描かれていたとは。
 
なんか、下の左の絵の生物、すごくかわいそうだ。
 
なんだかよく分からないけど、かわいそうなのは確かだと思う。存在そのものがかわいそう。

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